翼なき竜

27.未来の夢(2) (4/5)
戻る / 目次 / 進む
「半端な気持ちで結婚したくねえんだよ。あいつの病気が治るか、俺が強くなるかしたとき、あいつがまだ待っていてくれるなら、したいところだな」
 その日が来ればいいと、心から思う。ブッフェンは責任感があるから、妥協しないだろう。
 がしがしとブッフェンは頭を掻く。
「そういうお前はどうなんだよ! 人に話振っておいて、お前は」
「私?」
 レイラは酒を頼んで、少し考えた。
「別に、何もないな」
「何もぉ?」
「そうだな。もしかしたら父上から誰かとの婚約の話があれば、その人と結婚するかもしれない。ギョーム叔父上が王となれば、私は尼にさせられるかもしれない。私が女王となれば、誰かと政略結婚するかもしれない」
 指を折りながら、レイラはこれからの未来の予測をたてた。
 未来の選択肢はこれくらいだろう、多分。
「つまんねえなあ。現実を見過ぎじゃねえか。道から外れることってねえのかよ」
 奔放なように見えて、芯のところは臆病で自由なことは選べない。
 以前、ブッフェンからそう評された。
 言われたときは怒ったものだが、今、そうかもしれない、と思う。
 子どものときから、女王になりたいと思った。しかしそれは、自由意思だったのだろうか、と考えるようになった。
 そこに女王への道があったから、選んだだけの気がする。
 たとえばブッフェンのように平民の出であれば、自分はそのまま親の言うことを聞いて一生を過ごしそうだ。ブッフェンのように、騎士になるなんて考えもしなかっただろう。ましてや女王なんて。
「……王城に帰るのは、いつだ?」
 ブッフェンは麦酒で赤くなった顔で訊いてきた。
「明日だ」
 父・エミリアンが倒れたと報告を受けた。国王である父が倒れたことは、王位継承争いを大きく揺らした。
 もちろん、病床の父にも会いたい。
 が、王位継承のため、権力の地盤を築かなければならない。それは騎士団の退団を意味する。
 この騎士団にいた間、レイラは強さを求め、騎士団の仲間たちと交流を深めてきた。王位、政治のことを忘れて。もともと王位継承のために必要だと思って来たのに、今、ここをとてつもなく惜しむ気持ちがある。
 それに、この先に何かひどい落とし穴が待ちかまえているような、悪寒を感じる。
「ま、永久の別れってわけじゃねえでしょ。また酒でも呑もうや」
 ブッフェンは新たに頼んだ麦酒で満杯のジョッキを上げる。
 レイラは考え込んで沈んだ顔をほぐし、ジョッキを上げた。
「ああ」
 二つのジョッキがぶつかり、麦酒がこぼれた。
 ブッフェンとの関係は不思議だった。騎士団の連中には、レイラとブッフェンが付き合ってる、なんて誤解をする人もいた。
 しかし実際のところ、二人の間に恋愛関係はまったくなかった。そこにあるのは、戦友や、悪友といった言葉が似合うもの。
 似すぎているのだと、レイラは思う。
 恋愛関係の相手として、二人とも、安らぎを求めていた。己に強さと戦いを望んでも、相手にそれを求める人間ではなかった。
 レイラは今のところ、強いてその安らぎを与えてくれる場所を求めるほど、ギリギリのところに自分を置いてはいない。自分がその『安らぎ』を強く希求する精神状態は、どんなものだろうかと思う。あまりいいものとは思えない。
 ただ他人としてブッフェンを見ると、いつか彼は結婚するだろうと思う。強さと戦いを求め、それに付随する死に近づけば近づくほど。

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile