翼なき竜

27.未来の夢(2) (3/5)
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「そうだ。デュ=コロワの恋愛関係って知ってるか?」
 やけ酒をあおっているブッフェンは、不可解そうな顔をする。
「アンリの? なんでまた」
「デュ=コロワの家で、あいつの結婚話が持ち上がっているらしい。けれど、ことごとく蹴っているそうだ。あいつは当主だし、家の者も困っているそうだ。私はデュ=コロワの家の者に泣きつかれてな。どうにかしてくれ、と」
「ふうん。あいつぁ結婚しないぜ、多分」
「どうして?」
 身分違いの恋で悩んでいるというのなら、王女という身分から、協力してやりたいが。
「あいつぁ人間嫌いだから」
「……人間嫌い?」
 ブッフェンは肴に手をつける。
「そう。人間と結婚するくらいなら、竜とでも結婚しそうな勢いだろ。異常なほどに人間よりも竜に興味がいっちまってる。そういうのは、なんかあって、人間が嫌いになったからじゃねえの?」
 レイラはデュ=コロワの家のことを思い出した。アンリ=デュ=コロワが当主となったとき、それはそれは醜いお家争いがあったという。デュ=コロワ自身は幼くて見ているだけだったという。
「……なるほどな」
 そういう争いは人間の嫌なところを露わにする。嫌気がさして、人間への興味を竜への興味に変えてしまったというわけか。
「そこそこの社会的常識を持って、それなりの付き合いはしているようだが、私的な部分に誰かを入れることはねえんじゃねえかな」
 聡いな、と思った。
 腐れ縁とはいえ、よく内実をわかっているようだ。
 ブッフェンは他人の中身をよく理解する男だった。喧嘩をふっかけるような言動さえなければ、人に慕われるだろう。いや、そうしなくても、ブッフェンは騎士団で親しまれ、信用されていた。相談を受けているのも、よく見ている。
 騎士団長となっても、うまくやっていけることだろう。
「そうだ、ブッフェン、お前の恋愛関係ってどうなんだ? 全然聞いたことないな」
 ブッフェンは、ばかにした風に見て、手を振る。
「女って好きだねぇ、そういう話題」
「なんだ、照れてるのか?」
「そんなんじゃねえよ」
「みんなには秘密にしてやるから」
 小声でささやく。ちらりと周囲を見るが、みな酒におぼれて、ブッフェンとレイラの会話なんて聞いてない。
 ブッフェンは首の裏を掻きながら、
「……婚約者がいる」
 と言った。
「へええ。どこの誰だ?」
「……生まれた村んとこにいる。時々村に帰ったとき会うが、身体が弱くて、いつも寝てる」
 ブッフェンは重く話していて、楽しそうではなかった。
「いつ結婚するとかは、決まってないのか?」
「……できるだけ先延ばししてぇところだな」
 レイラは麦酒に口をつける。
「…………。嫌、なのか?」
「……そういうわけじゃねえ……いや、そういうことになんのかね……」
 ぶつぶつと言っていたが、一杯分酒を飲み終えてから、ブッフェンはどこかを見つめる。
「怖い」
 短く、彼はそう言った。
「……彼女の病気が?」
「いや。死なれるのが」
 酒を新たに頼まず、ブッフェンはつまみを口に入れる。
「何度も死にかけてるからな、あいつは。……結婚して……毎日外で働いて、家であいつが死んでないかと心配しながらやっていけるほど、俺ぁ強くねえんだわ」
 強いと思っていた男の弱みだった。

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