翼なき竜

25.宰相と葉(2) (6/7)
戻る / 目次 / 進む
 宰相はそれから目をそらさない。
 可能性が絶望的でもいい。方法があるなら、彼女に死んでほしくない。
 ――竜族全てを滅する。人間の総力を結集した人竜戦争でもなしえなかったことを。
 絶望的な戦況であろうと、国が滅ぼうと、成さねばならないというのなら。
 その方法、策略を頭の中で巡らせていると、知らず知らずのうちに、大剣を鞘に戻すとき握る手に力が籠もった。
『本気で、僕たちを殺すつもり?』
 ギャンダルディスの声には嘲笑の響きはなかった。
『君は、国のためを考える、珍しく善良な政治家だと思っていたけれどね。信念も、理想も、誇りも捨てて、国を売って、それでもするのかい?』
 竜族に戦争を仕掛ける理由なんて、竜族を利用して大国である我が国には何一つない。誰をも裏切り、何百年前の人竜戦争を終わらせた先人たちの苦労に、泥を塗ることになる。
 その思考の帰結は、決して、宰相の理想でも、信念の結果でもなかった。
 念を押すように言ったギャンダルディスの言葉に、宰相ははっきりと告げた。
「あの人に、死んで欲しくない」
 なじられ、憎まれ、宰相失格と言われようと。それでも。
『国の未来よりも、レイラの生を選ぶんだね?』
 宰相は何も言わなかった。答える必要もない問いだと思ったからだ。
 この竜と話をする意味はもうない。宰相は背を向け、歩き出そうとした。
『……もうひとつ、方法があるよ』
 足が地面に縫いつけられた。
『竜族を全滅させるなんて99パーセント無理な話よりは、マシな方法。平和な国を作るんだ』
 宰相は振り返った。ギャンダルディスの子どもの姿はそこにはなく、竜だけがいた。それでも声は響き、竜は青い目でじっと宰相を見ている。
『言葉だけなら簡単そうに聞こえるだろ? 君の国への理想とも合致するだろ? これ以上レイラの翼を消費させないし、良いことずくめだね。でもね、実際のところ、竜族を全滅させるのと同じくらい難しい。国土が膨張し優位に立ちすぎているため、いくら友好的関係を築こうとも軋轢が生じている。内乱だって発生する可能性が高い。98パーセントの確率で数ヶ月以内に戦争が起こるというのが、僕の見立て』
「あなたは、方法はないと言いました」
『宰相。君があくまで宰相であるなら、こんなばかげた方法を知ったところで、変わらなかったはずだ。外交政策、内政どちらともに無理が生じる。政治家としては理想に掲げる価値もない選択だ』
 確かに、宰相があくまで宰相であったなら。
 だけど、人間は地位が先に立つものではない。地位によって言動に責任を持っても、その人物の考えや想いが決まるものではない。その場所がいくら心地よく、優越感に浸れる楽園だとしても、固執して大切なものを見失いたくない。それが、宰相としてではなく、イーサー=イルヤスとしての考えだった。
 ギャンダルディスの声は、優しげにイーサーの耳に響く。
『ありがとうね』
 竜は、心の中をさらし、続ける。
『どんな地位であろうと、『女王のため』ではなく、『レイラのため』動こうとしてくれる人がいると知ることが、もうすぐ死ぬレイラにとって、本当の救いだろうから』
「あの人をみすみす死なすつもりはありません」

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile