翼なき竜
25.宰相と葉(2) (5/7)
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この国の制度は、王を絶対として置いている。王を非難し反論することは、基本的に認められていない。特に先王・エミリアンがそういったことを厳しく取り締まったから、現女王の今もその慣習が続いているところがある。
……それでも否定し反論しなければならなかったと思ったから、宰相はエル・ヴィッカの戦いから帰ってきた女王の頬を……打った。
『頬をぶったのはよかったと思うよ。でも宰相、その後どうして王を辞めたいと言ったレイラを止めようとしたの? 本当に国のことを考えたら認めるのが一番じゃなかったかい?』
鋭い問いが飛ぶ。宰相は答えるのに躊躇した。
にっこりと笑いながらギャンダルディスは近づく。
『うん、わかるよ。レイラが辞めれば、遠いゴセック家から次の王を決めることになっていたからね。そんなことをせずとも彼女を王位に留めておく方が自然で楽とでも思ったんでしょ? ――彼女が正気を失うような、王失格の人間でもね』
芝生の草を蹴り上げるようにしてギャンダルディスは宰相の前に立った。
『あのときレイラはすでに翼のほとんどを失っていた。僕はね、最期のときくらい、レイラにやすらかな時間を過ごしてほしかったんだ。それが彼女の残り短い寿命を伸ばす一番の方法だった。でもね、君、止めたよね。君はレイラを命を失う場所に留め置いた』
最後の言葉にギャンダルディスは力をこめ、断罪する。
宰相はステッキを取り落とし、座り込んだ。
――彼女を死に追いやる手伝いを、してしまったのか。
見下ろすギャンダルディスの目は冷徹であった。
『君たちはレイラを必要としてたどころか、依存していたんだよ。責任を押しつけるだけ押しつけたんだ』
吐き捨てる子ども。
座り込んでうつむいていた顔を上げた。不可解に思ったのだ。
この竜は、女王を食べようとしているはずだ。それがどうして、ここまで女王に同情的に話しているのだろう。
どうして、女王は己を食べる竜を、変わらずに可愛がってペットにしておいたのだろう。
ギャンダルディスは宰相の内心の疑問を理解したように、顔をゆがませる。
『宰相、僕が食べたくて食べようとしていると思うの?』
え、と宰相の口からこぼれた。
『レイラに生きていて欲しいに決まっているだろ。けどね、僕が食べなくたって、他の竜が食べるんだよ。それならばいっそ肉も骨も全て僕が食べようっていう気持ち……わからないかな』
子ども姿のギャンダルディスは、とても大人びた表情で見下ろす。夕日に照らされた彼は、泣きそうにも見えた。
『レイラは理解したよ。そんなことに救いを見いださなければなかったんだよ』
宰相は芝生の草を握りしめた。ぶちぶち、と切れた。
……そんなものが、救い?
夕日が沈もうとしていた。
処刑台にいる断罪人のように、宰相はすがりつく。
「……翼を戻す方法は、ないのですか。他に生きる方法は……!」
『ないよ』
ギャンダルディスは小さなやさしい声で断言する。
『翼の消える日が遠くなるよう、祈るしかないんだ』
ただ待ち、おびえていろと言うのか。彼女はずっとそうやって過ごしていたというのか。確かに死というのは誰のもとにも訪れる。だけど……!
宰相はステッキを手に取り、立ち上がった。膝をつき絶望に浸り続けるわけにはいかなかった。
ただ彼女の死を待つなんてできない……!
大きな樹から落ちる葉が、竜の身体に降り積もっている。人間と竜の四つの青い瞳が宰相をじっと見る。
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