翼なき竜

25.宰相と葉(2) (4/7)
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『……やっぱりここに来たね』
 竜の影から、子どもがひょっこり姿を現した。
 宰相の館でギャンダルディスと名乗った、長い黒髪の子ども。
 青い眼……そこにいる女王の愛竜・ギーと同じ色の目をした子ども。
「あなたは、ギーですか」
 子どもはにこりと笑んで、首肯する。
『うん、正解。本名はギャンダルディス。宰相、君は珍しいんだよ。竜に食べられかけて生きていた。その上僕が怪我をしたときの血が、君の身体に紛れ込んだ。だからこうして僕の幻影が見えて、話ができる。きちんと契約したものじゃないから、一ヶ月もしたら力は消えるけれどね』
 宰相は震えながら、腰に手を伸ばす。
 女王から受け取った大剣を抜き放ち、竜へと向けた。
 剣を向けられながら、ギャンダルディスは冷静に問う。
『……僕を殺すの?』
 守るために、この方法しか思いつかなかった。あの話を聞いても、彼女の死を受け入れられなかった。
 できることはと考え、宰相は彼女が形見としてよこしたのであろう大剣を竜に向けていた。
 この竜を殺せば、女王は食べられない。女王を助けるためならば、竜一匹を殺すことなどいとわない。
 人間型のギャンダルディスはかすかに笑った。
『甘い考えだよ、宰相。僕を殺したって、他の竜が殺すだけだ』
「ならば全部殺します」
『あはは、面白いことを言うね。人竜戦争で人間が総力を結集しても竜は全滅しなかったんだよ? 今現在、竜が何匹いるか知ってる? 5792匹。それが全て、レイラが翼を失った途端、レイラを食べようと飛んでくるんだ。無理だね』
 鋭く断定する。ギャンダルディスは口許をゆがめて嘲笑する。
 その正確な数がどれほどのものか、全部殺すにはどれほどの戦力を必要するか、宰相にはわかってしまった。
 絶望に支配され青ざめる宰相に、人間型のギャンダルディスは近づいた。この子どもはゆっくりと憤りを口にした。
『僕は君に腹が立っている、って言ったよね。君は僕からレイラを命がけで助けて、なおかつ彼女に正気を取り戻してくれた。それはありがたい。――けれどね、君はレイラの命を削った人間でもあるよね』
 ギャンダルディスは子どもらしくない憤怒を宿らせた瞳で見下ろす。
 ……命を削った……?
『片翼を失ったってね、普通に暮らしていれば100年くらい生きれるものなんだよ。七年程度で全て失うものなんかじゃない。それがどうしてここまで失ってしまったか、わかる? 彼女が王であったからだよ。それも強権的すぎる王にね。戦争が簡単に起こせる、臣下にも他国にも法にも縛られない――彼女を食い止めるのが、彼女のなけなしの理性しかなかった。いいかい、他の人が止めれば、規制されていれば、権力がなければ、レイラだって冷静になれた。翼は消えなかった。だけど誰も止めない! エル・ヴィッカの戦いの陣中を見せてやりたかったよ。彼女が何をしても止めない能なしばっか!』
 ギャンダルディスは荒い息で怒りの言葉をまくし立てる。宰相からは逆光となってこの子どもの表情はよくわからないが、穏やかそうだった青い瞳は、荒れ狂う海のような色となりぎらりと光っていた。
 『王』が彼女の寿命を縮めたということに、宰相は苦しくて目を細める。
 間違いを止めていれば彼女の寿命が伸びたというのなら……あのとき、あの戦場に共に向かっていれば……!
 感情的な思いはありつつも、その奥で冷静に思うところがあった。
 ……他の誰も止めなかったというのは、仕方ないのだ。

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