翼なき竜

25.宰相と葉(2) (3/7)
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 生きる方法がない……それは宰相の胸に絶望的な響きをもたらす。
「私は死ぬ」
 女王は告げる。確かな未来を予言する。
 扉のノブに回している宰相の手が、そのままの形でぴくりとも動かない。
 女王は彫像の台座に寄りかかるのをやめ、ブッフェンに真正面から向き合った。
「ただ、宰相のことが気にかかる。私が竜に食われて死ぬとなれば、きっとショックだから。ブッフェン、宰相のことを支えてやってくれ」
 ショックだろう。
 今この話を聞いただけで、十分ショックなのだから。声も出ない、身体の一部も動かせられない。
 ――そんな話、嘘でしょう?
 そう言って、笑いながらこの部屋に入ることすらできない。
 納得できないのは半分で、残りはわかっている。
 ……冗談ではないと。本気で告げている。女王は本気で自分の死後の宰相のことを、頼んでいる。
 ブッフェンは少しだけ頭を掻き、
「わかったよ」
 と答えた。
 彼は冷静であった。宰相のようにまったく動くことができないわけではない。軽薄さはなりを潜めてまじめであったものの、こんな話を聞いてこんなことを頼まれるにしては、どこか慣れているかのようなものがあった。戦場にたびたび出て、死に慣れているせいだろうか。
 女王は安堵し微笑みを浮かべた。
 そして手を差し出した。
 何の意味だ、と訝しがるブッフェンに、女王は別離の言葉を告げた。
「地獄でまた会おう」
 ブッフェンの目が一瞬見開かれた。
 女王は口角を上げた笑みの形を崩さない。
 それからブッフェンは今までのことを思い出すように目を細める。
 宰相がわずかに開けた扉からささやかな風が部屋に流れ込む。それがブッフェンの焦げ茶の髪を揺らした。彼は顔を下に向け、口ひげをなでる。
 そしてまた顔を上げ、まるでいたずら小僧のような子どもっぽい、さわやかな笑みを浮かべる。
「ああ、またな。――また、あっちで酒でも飲み交わそうや」
 たわいない約束を取り付けるように、ブッフェンは答える。
 ブッフェンは右手で握り返す。女王もぐっと力を入れる。
 女王は何かがまぶしいように目を細める。
「……残念なのは、きっと宰相はこっちへ来ないってことぐらいだよ」
 女王は今にも消えそうな泡のような笑みをたたえた。
 宰相は――ノブから手を離し、先ほどまでまったく動かなかった脚を、別方向へ向けた。



『私と結婚することで、辛いことがある――想像もつかないようなことが。だけど、絶対に、自分から死のうとしないでほしい』

『翼なき竜というのは、竜族によって粛正――食べられるんだ』

『私は死ぬ』



 夕日が芝生を照らしていた。寒い日が多くなっていく中で、格別に温かい日であった。太陽が天頂にあった頃の名残で、いまだ暖かい。
 宰相は竜の丘を登っていた。目を刺すような斜陽に顔を伏せると、芝生にはところどころ葉が散っている。
 一番高い場所に大きな樹がある。その大きな樹にふさわしい大きな葉がしげっている。落葉の季節だけあり、赤く染まった葉は自然と落ちる。その樹の影には、竜がいた。
 巨体を横たわらせ、大木に尾を絡ませる竜に、赤い葉が積もっている。
 竜は眠ってはいない。目を開け、じっと宰相を見ている。
 宰相の身体が震える。この竜に食べられた、牙が食い込んだときのショックがまだ身体に残っている。
 その身体の震えを心中で叱咤し、こわばった足を前に進める。

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