翼なき竜

24.宰相と葉(1) (3/5)
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 女王は慈しみの目で落ち葉の広がる光景を見下ろす。
 慈しみと優しさにあふれたその瞳。
 彼女はうつくしかった。絶え間なく変化する光と落葉の中で。
 彼女の手を握る。互いに指を絡め、親指で甲を撫でさする。
 はにかんだ笑みを浮かべる彼女は、
「式、もうすぐだな」
 何の式かは確認しなくてもわかる。宰相も満面の笑みでうなずいた。
「その……今更言うことではないけど」
「はい?」
「結婚の条件があるんだ」
「……え?」
 宰相は固まった。
 本当に『今更』だ。こんな式の直前になって。
 プロポーズをしたとき、女王は沈黙した。それを何とか必死に懇願して、うなずいてもらい、全ては終わったと思っていた。
 女王は真剣な顔で見上げている。どんな難問が出てくるかと思い、喉を鳴らして緊張して待つ。
「私と結婚することで、辛いことがある――想像もつかないようなことが。だけど、絶対に、自ら死のうとしないでほしい」
 先ほどのセリーヌの忠言がぼんやりと思い浮かんだ。王族となるということは、苦労することがある、と。
 女王の父・エミリアンが死んだのは一年前だった。彼女にとって忘れがたい存在、忘れがたい死。もう二度と、あんなことは起こってほしくないのだろう。彼女の背負う哀しさがかいま見えて、誠実に首肯する。
「絶対に死のうとしません」
 彼女がプロポーズに応えてくれた。それだけで、宰相はこれからのこと全てに耐えられる気がする。
 プロポーズをした当初、女王はうなずいてくれなかった。それを必死に、必要だということ、貴方と一緒でなければこれから生きてられない、とまで言ったところで、うなずいてくれた。
 女王は怖かったそうだ。『こんな自分が結婚するなんて』と、躊躇してしまっていたそうだ。けれども、『お前と以外に、結婚なんて考えた相手はいなかったよ』とも言ってくれた。
 そもそも、プロポーズとかそういうことよりも、彼女を置いて一人で逝こうなんて考えるわけがない。どんなことがあったって。
 女王は念を押す。
「絶対だな?」
「絶対です」
 女王は顔をほころばせると、自身の腰に手をやる。
 かちゃかちゃと音をさせてしばらくして、彼女はぐい、と目の前に大剣を鞘に入れたまま横にして差し出した。
「これを持っていてくれ」
 宰相は簡単に受け取ることもできず、困惑したまま大剣を見下ろした。装飾のたぐいは少なく、長く実用的に使われたためにところどころすり切れている。
「私はもうこれを使わない。代わりに持っていてほしい」
「でも……私は陛下ほどの剣の腕は……」
「使わないなら使わないでいい。ただ持っていてほしいんだ。私の大切なものをあげたいんだよ」
 おそるおそる下に手を置き、受け取る。
 思った以上に重量がある。
 ……これをいつも、彼女は腰にぶら下げていたのか……。
 腰に剣のない彼女を見ると、何か足りないような気持ちにさせられる。彼女自身はすっきりしたようで、伸びをしているが。
 宰相は剣帯も受け取り、簡単に腰に下げてみた。
「どうです?」
「うん、似合ってるよ」
 彼女は微笑んだ。
 とても満足そうに、とても嬉しそうに、とてもさわやかに。
 幸せだ、と思った。
 胸の中が温かいもので一杯になっている。これが幸せなのだと、実感できた。



 ある日のことだった。

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