翼なき竜

24.宰相と葉(1) (2/5)
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「式は豊穣祭の後と聞きましたが、お早いことですわね」
 宰相は照れて、頬を掻いた。
 女王が、『なるべく早くがいい』と言って、無理を押し通したのだ。
 その他にも問題はあった。老臣たちはそもそも、女王の相手として宰相をふさわしくないと思っていた。けれど先日、女王が竜に襲われたときに宰相が身を挺して守ったこともあって、老臣達は、
『仕方ないのう』
 と、まるで舅のようにしぶしぶながら、結婚を許してくれた。
「お幸せな結婚でございますね。お互いに若く、互いが互いを想いあって結ばれて。みながみな、祝福します。不満足なものは何もございません。これほどに幸せな結婚も、珍しいものでございますわ」
 セリーヌに言われ、宰相は胸の中がくすぐったいような思いだ。胸の中で花が咲いて、花が歌っているかのように。
「美しい秋の空だこと」
 空も祝福してらっしゃいますわ、とセリーヌは続けた。
 木漏れ日が光の柱を作り、敷かれた木の葉を照らす。
 あかるい、青い空の日だ。
 セリーヌの言うとおり全てが祝福してくれているのかもしれない、と浮かれた考えを思い浮かべながら、大空を眺める。
 そんな宰相に、セリーヌは少しトーンを落として、宰相に忠告した。
「女王陛下と結婚するということは、王族の一員となることでございますわ。覚悟は必要でございますよ」
「それは、わかっています」
 立場も変わる。責任も、いろいろなことも変わる。
「宰相様。貴方は宰相でもあり、女王の夫にもなる。その二つを得て何を成すのか。よくお考えあそばしませ」
 意味深なせりふに、宰相は何とも答えられなかった。

 セリーヌはそれからたわいもない話をしてから、立ち去った。
 葉が降る。
 雪のように降る。
 数十枚の落葉を見守っていると、隣に誰かが座った。
「こんなところに一人で。また近衛兵を撒いて来たんですか?」
 宰相は少し笑いながら、隣の女王に顔を向けた。今日は呆れるのも、戒めるのも、なしにしよう。
「迎えに来たんだ」
 隣で女王はやわらかな微笑みを浮かべていた。
 どこか尖ったところが丸くなって、穏やかな表情をしていた。

 葉が舞い散る中を、縫うように二人で歩いた。
 宰相がゆっくりとしか歩けないため、女王は歩幅をそろえてくれた。
 女王は顔を上げ、落ちてくる葉を、木漏れ日を、眩しそうに目を細めて見る。
 その彼女の顔に、まるで吸い付けられたように大きな葉が落ちてきた。
「うっ」
 と言って、彼女は葉を取り、その葉に向かってにらむ。
 宰相は思わず笑ってしまった。
 彼女はむっとしながら、少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
「きれいな落葉ですね」
「うん。――前は落葉って嫌いだったよ」
「どうしてですか?」
「何となくみじめな感じがして。春、夏と太陽の光をさんさんと浴びていたのが、木から落ちてこうやって踏まれる。とんだ転落人生じゃないか」
 そう言いながら、持っていた葉を地に落とす。がさがさと乾いた音をさせ、踏んで歩く。
 言われてみればそうかもしれない。
「でも、今は違うのでしょう? 『前は』ということは」
 女王はにっこり笑う。
「うん。今は好きだ。いや、好きというより、その良さがわかったというのかな。こうやって地に落ちた様が無様だと思ったけど、これはこれでね。土に還り、木の養分となったり道を作ったりするかと思うと、意味があることだと思えたんだ」

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