翼なき竜

23. 女王の子(6) (5/6)
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 暖炉の前に座っていたものだから、もろに煙がかかる。咳き込んで、目が痛くなってきた。
 宰相は杖をついて、立ち上がる。頼んでもいないのにブッフェンが肩を貸してきた。突き飛ばすほどに体力のない宰相は、彼に身を任せ、動くのを手伝ってもらうより他になかった。
 暖炉から離れ、テーブルの前の椅子に座る。
 ブッフェンは窓を開け、夜の涼しい空気を取り入れようと、顔を外に出す。暑い暑い、と言いながら。
 宰相は涙がにじみかけていた。
 煙をもろに浴びたせいだ。
「……だったら、どうしたらいいんですか」
 涙声で宰相は尋ねた。情けない言葉だった。
「私はどうしたらいいんです。教えてくださいよ」
「じゃあ逆にわたしゃ訊きますがね。火で顔を焼いて、それで女王は喜んで、解決すると思ったわけですかい。そうなら、あんたは、とんだ大馬鹿野郎だ。焼けたあんたの顔を見るたびに女王は、自分を責めて苦しむでしょうな。あんた、あの女王がどんだけ責任を背負っていると思ってるんだ。更に責任と後悔を背負わせたいわけか」
 ブッフェンの低い声での叱責に、宰相は口をつぐむ。
 窓から顔を出しているブッフェンの背は、怒りをにじませていた。
 だったらどうしたらいい、と宰相は再び口の中でつぶやく。
 そうだ、それこそ、職を辞して去るしかない。暗にそうしろと匂わせているわけか、ブッフェンは。
 もうそれしか残されていないのだな、と宰相は達観に似た思いを持った。
「宰相閣下、わたしゃ辞めろなんて言ってませんよ?」
 振り返ったブッフェンは、まるで心を読んだかのように、軽い口調で言った。
 それから彼は本当に軽く、笑いながら告げた。
「辞めるとか辞めないとか、深く考えることないでしょ。今まで通りで問題ありませんって」
 手で煽ぎながら、ゆっくりと大股で近づく。
「だって結局、女王の問題でしょ。アンリも言ってたが、宰相閣下に責任はどこにもない。それに、今まで何の問題もなかったでしょ? 女王はあんたに剣を向けたこともなかったようだし、あいつぁもう過去のことなんて忘れて、どうでもいいと思っているんじゃないかね」
 宰相は杖を使って立ち上がる。再び肩を貸そうと近づいたブッフェンの襟元をつかみ上げ、顔を上げさせた。
 腕も手も痛みが走ったが、そんなことを感じるより早く、ブッフェンに顔を近づけ、宰相は怒鳴った。
「ふざけないでください……! どうでもいいわけがないでしょう! 今まで問題がなかったのは、女王陛下が努力していたからです! 私の顔からグレゴワールのことを思い出した時があっても、何も言わずに、いつも通りに笑うよう、努力していたからでしょう!」
 女王は宰相にこのことを告げることはなかった。知っていたブッフェンやデュ=コロワに口止めまでしていた。
 そして彼女はひとりで苦しんでいたのだ。
 どうでもいい問題なんかではない。
 襟元をつかみ上げられ苦しいはずのブッフェンは、にやりと笑った。
「そうだ。宰相閣下、あんたの言うとおり。女王は……レイラは過去のことを忘れてやしねえ。きっとこれからも苦しむだろうな。――けどな、それでもあいつぁ黙ってたんだよ。お前を辞めさせろって言うわたしやアンリの忠告を聞かずに、お前を宰相にしておいたんだよ。あいつのさじ加減でどうとでもなったのにな。全部、どうしてだか考えたか?」
 簡単な話だろうが、とブッフェンは続ける。

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