翼なき竜

23. 女王の子(6) (3/6)
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 古参の女官であるマガリが言っていた。陛下はリリトを守るために逃げなかったのだ、と。見張り番の竜は、『泰平を築く覇者』たる女王には意味がなかった。それでも、女王はそこに残った。
 女王は、自身のために妊娠したリリトを見捨てられなかったのだろう。
「リリトはレミーを産んだ。その数時間後に、フォートリエ騎士団を率いてブッフェンが城攻めをし始めた。投石機を使って城は破壊され、燃やされた。その破壊の影響で、ベランジェールの鎖の繋がれていた柱が壊れて……」
「すいません、ベランジェールとは誰です?」
 見張りをしていた竜の名だ、と女王は答えた。
「竜はリリトと、私が抱えていた赤ん坊を狙った。そこにはチキッタの花もロルの粉もなく、対処のしようがなかった。リリトは赤ん坊を庇って、お前のように、竜の前に飛び出した。……悲惨な光景だったよ。人が食べられる光景なんて、あまりにむごい。――なあ宰相、もう二度と、あんなことはしないでくれ」
 女王は宰相に向き直ると、宰相の包帯の巻かれた手の上に、そっと手を重ねた。
「私は見ていられなかった。竜が壊した扉の破片を使って、竜を殺した。……でもね、すでにリリトは死んでいた。……あとは、お前が調べたとおりだよ」
 調べたこと――マガリに子どもを預け、育てさせた。そして、子どもが消えた……。
 赤子はマガリの刺繍した絹に包まれ、女王の王女時代のシールリングを持っていたという。
「……聞きたいのですが、どうしてレミーに陛下のシールリングを与えたのですか? 我が子でないなら、なぜ」
「私の子として育てることも考えていたんだ。そうしたら、母親のことも教えてあげられるかと思って。でも、その前にナタンが盗んでしまった」
「今回の、女王陛下の子だと認めるというのも、同じことですか?」
 女王はうなずきかけて、首を振った。
「迷ったよ。即位してわかったが、王族なんてものになれば、否が応でも平穏な生涯は送れない。けれど私が否定してしまえばレミーは処刑だ。大分、迷ったね」
 結局彼女は、レミーを自分の子だと認めることにした。
 だがしかし、今回の女王謀殺未遂事件が起こった。
 レミーは王家の血を引いていない。
 その少年に、王家の責務を背負わせていいのか、同じように殺されかねない場で育てて良いのか、と女王はさらに悩んだのだという。
「リリトはそんなふうに育ててほしくないだろう、と結論付いた。だから、ブッフェンのところに養子にやったんだよ」
 女王は背を反らし、椅子の背もたれに身体を預けた。大きく伸びをする。
 長く重い話はこれまで、と言わんばかりにあかるい声を出す。
「これで、七年前の話は終わりだ。全部解決したな」
 宰相は、ずっと女王の顔を見ていた。どこを向いているのか、どんな表情をしているのか、それを観察するように。
 そうですね――と言えば、本当に話は終わるのだ。そしてこれから、前と変わらぬ日常が待っている。
 ……あの話を聞いていなければ、宰相はそうしていただろうと思う。
「それで、終わりですか? それが全ての真実ですか……?」
「……何? あと何があるんだ」
 と彼女はうそぶく。
 本当に黙って隠すつもりだったのだ、とわかった。
 小さく息を吸い込んだ。
「私が、グレゴワールと似ている、という話です」
 女王が顔を上げ、宰相と目を合わせる。
 冷えた沈黙があった。
「なっ」
 女王が高い声をあげる。
「何を言うんだ」

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