翼なき竜

23. 女王の子(6) (2/6)
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 女王は疲れたため息をついた。
「どう、しますか」
「どうするも何もない。このまま生かしても妙なことを考えるだけだ。処刑しかあるまい」
 確かに、情状酌量の余地はない。そもそも女王を一年監禁させた男だ。叔父という関係を差っ引いても、処刑されて当然だった。それを幽閉されるに留めただけの恩情を忘れ王を狙うとは、もはや彼を生かす理由はない。
「それから……レミーのことだが、王族詐称、さらに女王謀殺未遂に関わったとして、死刑だ」
 宰相は息を呑んだ。
 あの子どもは、女王を前にして緊張しているただの少年だった。緊張と期待の入り交じったガラスのような目で、彼女を見上げていた。孤児であった少年が自分の親と初対面するとき、こういった表情をするのだろうな、と想像したとおりの。
 ナタンに人質にされたとき、レミーは驚愕していた。とても、計画と関わっていたとは思えない。
 ただし、王を弑逆することは、その謀殺計画に加わることは、たとえ故意でなくても大罪となる。
 今回の事件は、レミーを囮にしたものだった。そのレミーを何もなく解放、というのは難しいだろうが……。
 レミーの顔を思い浮かべて暗くなる宰相に、女王はにこりと笑った。
「表向きは、だよ。本当はブッフェンのところに養子に行ったんだ。あいつの奥さんは病弱だそうで、どこかから養子がほしかったらしい。ブッフェンは意外と人の面倒を見るのが好きなんだ。レミーは難しいところがあるだろうけれど、ちゃんと育ててくれる」
 あからさまに、ほっと息をついてしまった。
 息をつくと、疑問がやはり残った。竜に襲われる直前にも思ったこと。
 レミーが女王の子でないなら誰の子なのか。それがどうして女王の子ということになったのか。
 宰相の疑問を感じ取ったのか、女王は椅子を座り直し、足の上で手を組む。
「七年前の話をしようか」
 トーンを下げた声で、花瓶に視線を向けながら話し始めた。

「ガロワ城に入城した直後に、私はリリトと共に監禁されることになった。最初はマガリたちや他の女官のように疑ったよ。リリトが裏切ったのか、って。だけどリリトは本当に知らなかったようだった。彼女は私以上に焦って、解放させるために動いた。私は完全な監禁状態だったけれど、リリトはほんの少しだけ自由があったから、グレゴワールと何度も話をしたようだった」
 女王自身は気づいていないようだが、眉が寄せられて、苦みのある表情を作っていた。それはこれを話し始めた直後からだ。
「話しただけでは解放されなかった。泣く、怒る、すがりつく、懇願……私を解放させるために、リリトはありとあらゆることをしたらしい。身を投げ出しさえしたと知ったのは、彼女の妊娠を知ったときだった」
 間があった。
 うつむき加減の女王の睫毛が震える。
「じゃあ……レミーの母親は、リリトさん……」
「そう。顔の形がレミーに似ていたよ。リリトはいい娘だった。あかるくて、しっかりした娘だった」
 彼女は懐かしむような、悲しいような、入り交じった表情を浮かべる。
「……私は何もできなかったよ。一年の間、私ができたことといったら、無理やり書かされた手紙に暗号を混じり込ませることだけだった」
 女王は手の組み方を変える。強く握った。
「リリトを、助けたいと思ったよ。生きて帰りたいと思ったよ。……結局、彼女は死んだけど」

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