翼なき竜

22.女王の子(5) (3/4)
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 近衛兵は、この人混みによって動けなくさせられている。そればかりか、近衛兵に襲いかかる人々が現れた。
 一方、老人はなおも、女王を襲う。
 宰相は女王の元へ行こうとするが、玉座からは距離がありすぎた。
 女王は大剣を老人に振るい、杖の剣を取り落とさせる。
 老人は背を向け走る。
 逃げるのか、と思った矢先、老人は足を止めた。
 ひっくり返っていたレミーの首筋に小刀を当て、
「動くな!」
 と追おうとした女王を止めさせる。
「動くな! 自分の子に再会してすぐ、死んでほしくはあるまい?」
「お……おじいちゃ……」
「うるさい!」
 おびえたレミーは震えながら沈黙した。
 老人はレミーの身体を盾にするようにし、女王にレミーの危険を見せつける。レミーの首筋から血が流れ出した。
「この子どもは次期王位継承者だ! 誰も動くな!」
 その言葉は、近衛兵の動きをも止まらせた。彼らはこの件について、何の説明もされていなかった。だが女王が動きを止めたことから、まさか、と困惑したのだ。
 近衛兵を襲っていた人物が、女王の後ろから剣を振り上げて近づく。
 再び、危ない、と宰相は叫ぼうとした。
 しかしそんな言葉は必要なかった。女王はしゃがみこみ、彼の足を払う。そして大剣で背を刺し貫く。
「なっ、子どもの命がどうなってもいいのか!? 七年前、お前が女官に育てさせていたのを盗んだ、正真正銘のお前の子どもだぞ!?」
 老人は驚愕し、一歩退く。
 女王は、ふ、と笑う。
「私は子を産んだ覚えはないよ」
「なに!?」
 それは宰相をも驚かせた。
「どうやらお前はギョームとつながりを持つのに忙しくて、ろくに七年前のガロワ城の内部を知らなかったようだな――ナタン」
 名を明示され、老人は狼狽した。
 ナタン――ガロワ家の当主・グレゴワールの父親……ギョームと深いつながりを持っていたという人物か。ずっと行方不明だったというが、まさか彼が……。
「どうする、ナタン。その子どもは私の子ではない。となると、お前に手札はないよ」
 近衛兵たちは、女王の言葉によって、再び敵に立ち向かう。
 老人は……ナタンは、レミーを投げ捨てる。
「うおおおおお!!」
 雄叫びを上げながらナタンは女王に小刀を向ける。女王は一撃のもと、彼を斬り殺した。
 敵方も、圧倒的な近衛兵の力により、ある者は殺され、ある者は取り押さえられた。
 宰相はようやく、女王の近くまで来られた。
「怪我は!? 無事ですか!?」
 息せき切って尋ねるが、後ろから見たところ外傷はない。それに戦いぶりを見ていたが、怪我をするようなシーンはなかった。
 安堵して、尋ねたいことがいくつも湧いた。本当に、あの子どもは女王の子ではないのか。なら誰の子なのか。
 女王はゆっくりと振り返る。
 あ、と宰相は声を上げた。
 彼女の頬にある片翼の竜が、その片翼すら、失っていたのだ。
 今度は見間違いではない。目の前に、本当にひとかけらも存在していない。
 彼女のうつろな瞳は宰相をとらえない。剣を強く握りしめ、殺気をまとっている。
 ズン、と地面が響いた。続けて何か巨大なものが壊れる音がして、宰相は振り返る。
 巨大な柱が折れ、壊れていた。それも、竜の鎖が繋がれていた柱が、である。
 自由になった竜は、血のような赤い目をしていた――戦闘態勢のときの、目の色を。
 背筋が凍った。
 ――なぜ。

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