翼なき竜
22.女王の子(5) (4/4)
戻る / 目次 / 進む
チキッタの花を食べさせ眠らせていたのに。他の人間は全て、ロルの粉を振りかけていたのに。竜が赤い目と変わる要素は、何一つないはずだったのに。
竜の近くにいた貴族達から悲鳴があがる。
竜は赤い目となったとき、人間を食べる。
一番近くにいる彼らが食べられる、と思いながら竜を見ていたが、竜は近くにいた彼らに見向きもしなかった。
愛竜ギーは――女王だけを見ていた。
背筋に走るものを無視して、宰相は女王の肩をつかむ。
「逃げてください! 早く!」
女王を特別謁見室から外に出そうとする。扉付近には、逃げようとしている人が大勢いた。
この人混みににまぎれれば……。
そう思ったが、竜はただ女王だけを見ていた。どんな人混みの中でも、ただ女王だけを。
竜は足音を響かせ、足跡をつけながら、女王に近づく。
扉付近にいた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げる。
竜は後ろ足を使い、走る。
宰相が走るのには時間がかかるが、竜が来るのはあっという間の距離であった。
巨大な身体で威圧するように女王の前に立つ。大きな口を開け、鋭利な牙を見せる。――女王に向けて。
女王を食べようとした竜の口に向かって、宰相は飛び込んだ。
その瞬間から、もはや悲鳴すら上げることすら不可能だった。
痛みが、全てを支配して。
牙が。
食い込む。
痛い。
皮膚が。
肉が。骨が。
きしむ。
痛い。
痛い。
体中が。
いたい。
熱い。
いたい。
苦しい。
いたい。
いたい。
薄れゆく意識の中で、女王が、名を叫んだような気がした。
戻る / 目次 / 進む
stone rio mobile
HTML Dwarf mobile