翼なき竜

20.女王の子(3) (6/6)
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 きっとそれを言ったときも、マガリは今のように泣いていたのだろうと思う。思わず慰め背を撫でたくなるような、ぼろぼろの様子で。
「だけど……わたしは知っていました。陛下はガロワの領主たち、敵方を過剰に憎んでいました。デュ=コロワ様やブッフェン様には言っていなかったようですが、何度も死んだ彼らを罵倒するのを、わたしは見ていました。その陛下が、憎んでいた敵方の子どもを見つけ、わざわざ隠して育てさせるとは、思えなかった。関係ない子であればシールリングを持たせるはずがなかった。それに」
 マガリの瞳に涙がたまる。
 彼女は言葉を切って、おえつする。持っているハンカチが震える。
 感情の高ぶりが静まるのを待たず、マガリは続けた。
「監禁されていた陛下に、おぞましいことがあってもおかしくないと……もしかして、この赤子は陛下の子ではないかと、抱きながら……何度も思いました。だけど陛下自身が否定するならそうなのだと、自分のために信じたのです。けれど……やはり、陛下の子だったのですね? それをわたしは……ああ、わたしは……」
 罪悪感に苦しむマガリの背を宰相は撫で続けた。
 待ち望まぬ真実が明らかになった。
 もういい。
 これ以上は、もういい。


「宰相」
 マガリを落ち着かせて部屋から出ると、デュ=コロワが待っていた。
「彼女の話はどうだった」
 早く聞きたいという気持ちと、それを表に出さないようにしようという気持ちが混ぜられた顔。
「……デュ=コロワ様の話を、裏付けました」
 月影に照らされたデュ=コロワは、黙っていた。
 窓から見える月は、細い三日月だ。青い冴えた月が、ひかえめに光を放っている。
 宰相は重い足を動かす。
 ひどく、全てが億劫だった。真実を知ろうという意欲は、とうに失せている。
 デュ=コロワも沈黙を守っている。
 カツカツ、と活動的な靴音が響いてきた。
「……ブッフェン」
 デュ=コロワが顔を上げ、声をかけた。
 彼は場違いなほどにはつらつとしている。
「なんだか拍子抜けしましたねえ。病気で一ヶ月も寝てるっていうから、どんだけ弱ってるかと思ったら、大剣を振り回して鍛錬してましたよ。もう完全回復でしょ、あれは」
 ブッフェンは肩をすくめてみせる。
「お元気そうだったのですね?」
「ああ。もう病人じゃねえさ」
 ならば、精神的耐久力も回復しているだろう。
 億劫な身体を動かし、宰相はデュ=コロワに向き直る。
「……陛下に伝えてきます」
 デュ=コロワは彫像のように一拍ほど固まったが、すぐに、
「いや、私が行って、私が説明しよう。宰相はここで――」
「結構です。国政にも関わります」
 事務的に言い放ち、宰相は二人を置いて歩き始めた。女王の部屋へ。
 ……事務的にでもしなければ、やってられない。
 女王に告げることすら、いいことなのかわからない。
 だが、生き別れた息子の所在が明らかになった、と考えると、もしかしたら女王にとってはたまらなく嬉しいことなのかもしれない。彼女にとって、ずっと待ち望んでいたことなのかもしれない。
 そう思い、立ち止まりたくなる足を奮い立たせる。
 行かなければならない。告げなければならない。これは義務だ。
 どんなに、足が重くても。
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