翼なき竜

20.女王の子(3) (5/6)
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 これがレミーのくるまれていた布の刺繍と同じものか、それはわからない。……が、十中八九そうだろうと、奇妙な確信があった。
「……これから話すことは、極秘事項です。決して誰にも漏らさないでください」
 と言いつつ、宰相は苦笑いを浮かべたくなった。
 レミーはデュ=コロワの領地で自分が女王の子だと言いふらし、周囲の人間にシールリングを見せ、噂はかなりの勢いで広がりつつあるという。
 こんな口止めは無意味かもしれないが、今のところはしなければならない。
「な、何の話でしょう……わたしはしがない女官で……」
 マガリは困惑しながら眉根を上げる。
「女王陛下の子だと公言する子どもが現れています」
 端的に宰相は言った。
 マガリは目を見開く。そして次第にがくがくと手を震えさせ始めた。
 危ないと思い、宰相は布と針を取った。
「女王陛下の……!?」
「そうです。女王陛下の王女時代の紋章のシールリングを持ち、赤い薔薇の刺繍のある絹にくるまれ赤子のときに捨てられた、六歳の子どもです」
「あ……ああ、あ、あああ……」
 悲しみとも喜びともつかぬしわがれたうめきが漏れる。
 マガリは顔を覆った。
 指は震え、白くなっている。
「生きてた……ああ……」
「やはり、何かを知っているのですね」
 マガリは泣きながら、こくこくと首を前に振る。
「話してもらえませんか」
 そう促しながら、宰相の心の中に、身を乗り出して聞く気持ちは微塵もなかった。

 泣きやんでから、マガリは話し始めた。
「七年前の事件……戦場となった城から救出された次の日、わたしは女王陛下に秘密の頼まれ事をされました。……隠れて、赤ん坊の世話をしてほしいと言われたのです。がれきの影に隠されていた赤子を見せられたとき、わたしは息を呑みました」
 宰相も今、息を呑んだ。
 やはり、女王は話に関わっていた。今までの調査から、そうでないわけがないとは、わかっていたけれど。
 宰相は少しの間、目をつぶる。
「何も聞くな、と陛下はおっしゃりました。だからわたしは何も言うことなく、その赤子の世話をすることにしました。けれど……」
 マガリは宰相に訴えるように顔を向ける。
「けれど、他の女官達に隠れて世話をするのは難しかったんです! 乳を手に入れるのも、世話をするのも。だって他の人たちには知られるわけがいかず、かといってわたしがどこに行ったと探されて赤子のいる場所を知られるわけにもいかず。ここにいる間だけだからと陛下には言われましたが、思いの外そこでとどまることになって……一ヶ月後にはぼろぼろになっていたんです……でも、そんなことは言い訳にならない……」
 マガリは再び顔を覆う。
「一ヶ月後のある日……赤ん坊が、消えていました」
「消えた?」
「そうです、少し目を離した隙に。赤子には陛下のシールリングを常に身につけさせていたから、もし誰かに見つかったとしても、おそらくすぐに見つかると思っていたのに。どこを探しても、どれだけ探しても……わたしのせいなんです」
 宰相は彼女の背をなでた。
「おそるおそる泣きながら陛下へ言うと、『あの赤子は敵方の子だったのだ。ただ殺すのは忍びなく、ここで秘密裏に世話をし、あとは里子にだそうと思っていた。消えたのならそれは仕方ない。優しい誰かが捨て子と思って育てるならそれもいい』と、わたしは慰められました。……次第にわたしはそれを信じました……」

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