翼なき竜

21.女王の子(4) (1/4)
戻る / 目次 / 進む
 ほうほうとフクロウが鳴く。
 女王の部屋の窓からは夜空が広がっている。月には雲がかかり始めた。
 部屋では女王はハーレムパンツ姿に大剣という、いつものいでたち。部屋に来たばかりのとき、女王はその大剣で素振りをしていた。
 ブッフェンの言うとおり、もう病人ではなさそうだ。
 着替えて出てきた女王は、
「どうした。やはり何かあったか?」
 と訊いた。
「ええ……とても重大なことが、ありました」
 彼女はゆっくりとクッションがいくつも敷かれた椅子に座る。
「いい話か? 悪い話か?」
 その問いに、宰相は頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「……わか、りません」
 本当にわからなかった。
 嬉しがるのかどうかすら。
 だって彼女は、まったく七年前の話をしてこなかった。宰相の覚えている限り、一度も話していない。
 それだけ信用がなかったということだろうか。それとも、子どもの存在もふくめ、忘れたかったのだろうか。
 宰相自身、こんな報告をすることになるとは、まったく思っていなかった。
 彼女は本当はどんなことを思い、どんなふうに七年前のことをとらえているのか、まったくわからない。
 だからこれを聞いて、彼女がどんな反応をするのか、想像がつかない。
「七年前の、ガロワ領の事件……聞きました」
「…………。聞いたって、何を」
「あれが、本当は監禁事件だったということです」
 女王の顔の変わり具合は、まるで空のようだった。日が昇っている昼と日の落ちた夜のように、がらりと変わった。
「誰だ。誰が言った! デュ=コロワか!? ブッフェンか!?」
 彼女は立ち上がって憤慨する。
「何を聞いた、どこまで聞いた!」
 勢いに押され、宰相は洗いざらい話した。
 デュ=コロワに聞いたこと、女王の子だと公言する子どもが現れたこと、調査の結果……。
 長い話を言い終わる頃には、女王は落ち着いていた。
「……私が知ったことは、以上です。……デュ=コロワ様のことは責めないでください。彼はまっさきに陛下に知らせようとしました。けれど陛下が病床にあって、宰相である私に言うか、陛下が回復するのを待つか、私は二択を迫りました。……緊急性があったことです。彼は前者を選ぶしかなかったでしょう」
 もし女王が病気のときでなければ、デュ=コロワはすぐさま女王に知らせていただろう。そして多分、宰相が知ることになるのは、もっと時間がかかっていたはずだ。
 言いながら予想していたが、女王は喜んでいなかった。
 激情が収束し、冷静になっただけのようだった。
「どうします?」
 これを訊くために、宰相は今ここに来て、知ったことを告げたのだ。
 女王の子だと公言する子どもを、放ってはおけない。
 対処方法は二つある。
 ひとつは、女王の子だと王城で認める。
 もうひとつは、認めない。
 後者はあり得ないだろう。認めないということは、女王の子だと公言したことが、嘘だということになる。王族だと詐称することは、重い罪になる。子どもでも容赦できない。……死刑となってしまう。
 子どもが生きて見つかったことを喜んでくれれば、苦しくないのに。
 そんなことが宰相の頭の隅に浮かんだ。
 そうであったなら、宰相だって、喜んだ。たとえ今まで知った事実に打ちのめされていようが、無理をしてでも喜んだ。女王が喜んだという救いが存在するのなら。
 その方がどれだけよかったか。

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile