翼なき竜

20.女王の子(3) (4/6)
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 デュ=コロワの低い声に、ブッフェンが首をかしげた。
「行かないのか?」
「……まず先に宰相と話すことがある」
 デュ=コロワの向けてくる暗い表情を見ると、宰相は背筋が震えた。


 宰相は彼を以前と同じ、マロニエの木が見える部屋に招く。どちらもが顔を強張らせている。
 どっしりとしたテーブルに向かい合うように座り、沈黙の時が流れる。
 デュ=コロワは腿の上にこぶしを置いたまま、顔をうつむかせていた。
 その様子を見るだけで、宰相はデュ=コロワの報告がどんなものであるか、予想がついていた。
 デュ=コロワはしばらくして、調査結果を報告した。
「レミーという、女王の子だと公言する子供は、孤児だったそうだ。赤子だったレミーを、七年前、ガロワの領地で旅の老人が拾ったのだとか。その赤ん坊は上等の絹でくるまれ……シールリングを持っていたと」
「シールリング……」
 シールリングとは、紋章が彫られた指輪だ。それを使って封蝋すると、個人や家を特定されることにもなる。
「……王女時代の、女王陛下の紋章だ……」
「…………」
 頭の中で、彼の声が痛いくらいに響き渡る。大鐘の中に頭を入れたかのように。
 一筋の光にすがり、宰相はデュ=コロワに問う。
「その紋章を、デュ=コロワ様は直接見たのですね?」
「ああ。見て、確認した。レミーの顔も見た。……やはり、グレゴワールに似ていた。レミーを育てた老人にも、話を聞いた」
「その老人はどこのどういう人です?」
 デュ=コロワは初めてまごつきながら話す。
「レミーと共に各地を旅していたそうだ。所作は礼儀正しいものの出身や名前は答えてくれず、そこが怪しいところだ。……ただ、七年前に立ち寄ったガロワの領地で、捨てられていたレミーを拾ったと言う。そこはつじつまが合う」
 捨てられた、と聞いて、信じられない思いがする。
 自分の子どもを捨てる――あの女王が。
 現在彼女の元におらず、旅して回っていたというなら、結果的にそういうことになるのだろうが。
 それでも、捨てた、というのは、受け入れがたい話であった。
「他には何か気になったことはありますか?」
 宰相が問うと、思い出したようにデュ=コロワは言った。
「赤子であったレミーを包んでいた絹。それには赤い薔薇の刺繍があったそうだ」


「また仕事を邪魔してしまいますが、お話よろしいですか?」
 再び後宮におもむいて、宰相がマガリに尋ねた。
 ちらりと彼女の手元を見る。
 マガリの手にある布には、赤い薔薇の刺繍があった。
 彼女は一人ではなく、他の女官達と刺繍をしていた。が、宰相が来たことで、他の女官は席を外した。
 再び宰相がやってきたことにマガリは戸惑い、眉をひそめた。
「……また、あのお話ですか? あんな事件、忘れるに限ります」
 マガリは吐き捨てる。
 全くもってその通りだと思う。
 宰相も、この話がここまで広がりを見せなければ、事実が明らかにならなければ、七年前の事件の真実を聞いても、忘れるよう努力しただろう。だが、もはや忘れてすむ問題ではない。
 別の女官が座っていた丸椅子に、宰相は座る。
「マガリさん、この赤い薔薇、昔から刺繍していたと言っていましたね?」
「そうですよ。昔からこれだけは自慢できます」
 マガリは刺繍を誇らしそうに見せてくる。

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