翼なき竜

20.女王の子(3) (3/6)
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 彼を捕らえればわかることもあるだろうが、七年経っても見つかっていないのだ。高齢であったし、もう死んでいてもおかしくない。
 現在のガロワの領主はまったく別のところから据え置いた貴族。今の領主に聞いても何も知らないだろう。
 知らない話を聞けるとすれば、ブッフェンか、女王。
 女王は真っ先に却下。
 ブッフェンは……話すだろうか。いまいち信用できない気がする。そうだ、彼は以前、女王を侮辱した人間だ。こんなデリケートな問題に絡ませたくない。
 結局、デュ=コロワの調査結果を待つまで結論は出なさそうだ。

   *   *

 宰相は女王に代わって国務を担っていた。
 女王が病気の間のみの、臨時の代行である。
 城を開けるわけにはいかなくて、ほとんど毎日王城に泊まりこむ。
 その彼は、いきなり自身の館に戻ってきた。
「父さんいますか!」
 宰相の館に泊まっているサラフは、目を丸くする。
「どうしたんだ。仕事が終わったのか?」
 宰相は急いでサラフの前まで駆け寄り、書類を取り出した。
「ここに、サインをお願いします」
「……何の書類だ?」
「北の領地の線引き問題について、和解勧告のためのものです。私のみの力では少々危ういので、父さんの名前も貸してもらおうかと」
「儂の? 引退したし、儂の力なんぞもうないぞ?」
「またまたご謙遜を」
 むう、と言いながら、サラフはサインするためのペンを求めた。
 父は現在、宰相の館に滞在中である。兄のラシードが結婚し、正式にイルヤス家を引き継いだことから暇ができ、宰相に会いに来たのだとか。
 だがちょうど女王が病床についた時期と重なり、宰相は王城に泊まり込んで仕事をし、父とろくに話もできない。
 女王が回復して宰相とゆっくり話ができるようになるまで、ここにいるのだという。
 父が長い名前を書いている間、宰相は黙っていた。
 書き終わった書類を受け取り、もう一度王城に戻ろうとした宰相の背に、サラフは心配気味に声をかけた。
「イーサー、最近何かあったのか?」
 ぴくりとこめかみが引きつる。
 同じ事を、女王にも言われた。『何かあったのか』と、見舞いに行ったにもかかわらず、逆に心配された。
「……私、普段と違いますか?」
「ん? なんとなく、落ち込んでいるような雰囲気がしてな」
「…………」
 自分は落ち込んでいるのだろうか。
 何に?
 ……こんな事件が発生したこと事態に、である気がする。


 宰相が仕事に追われている間に、時は過ぎていった。考える時間を与えてくれずに。
 女王の病状は安定し、一週間後には公務を再開できる真夏になって――
「久しぶりですねえ、宰相閣下」
 書類を部下に渡した宰相に、手を上げて近づいてきたのは、ブッフェンだった。
 その後ろにデュ=コロワがいる。
「……何のために、城に?」
「何のためにとは薄情な。忠実なる臣下として、陛下の見舞いに来たんですよ」
 と言って、酒瓶を取り出すブッフェン。明らかに見舞い品の選択が間違っている。
「すみませんが、陛下は禁酒中ですので、お酒は」
「ありゃ、まずかったか。まあいいや、後で飲もう。一緒に飲むか?」
 ブッフェンは酒を振り、その酒のうまさを喧伝する。宰相は首を振り、ひかえめに固辞した。
「ブッフェン。先に行って、私の分も陛下によろしく伝えておいてくれ」

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