翼なき竜

20.女王の子(3) (2/6)
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「でも、陛下は『泰平を築く覇者』ですから、竜がいても平気でしょう?」
 もちろん部屋には鍵がかかっていただろうが、見張りが竜であるというのなら、人間が見張りであるより逃げやすかったはずだ。
 マガリはうなずく。
「そうです。陛下のみなら、逃げることは多分可能だったと思います。でも、リリトは普通の人間です。竜に近づけば切り裂かれ、食べられてしまう。かといって陛下のみ逃げれば、一人残されたリリトは殺される。陛下はリリトのために、残られたのだと思います」
 女王のお気に入りの女官、か。
 彼女は本当に裏切ったのか? 一年、女王とリリトはどのような暮しをしていたのか?
「他の女官たちとわたしは、励まし合って一年を過ごしました。とにかく陛下が心配で心配で……そして、城攻めの日、フォートリエ騎士団の方に救出されました」
「……陛下は?」
「陛下は……大変だったと聞いています。どうやら竜のつながれた柱が城攻めの影響で折れて、竜が暴れたそうです。そのときにリリトが死んだのだとか。陛下は暴れる竜を殺し、逃げ出して、フォートリエ騎士団のブッフェン団長に発見されたと」
 そうだ、ブッフェンもこの事件の当事者であった。
 しかし今までの話を聞いても、子どもの『子』の字すら出てこない。
 やっぱり女王に子どもがいるなんてことは、デュ=コロワの杞憂だと思う。……そう思いたいだけ、だろうか。
 気弱にマガリは見上げてくる。
「これで、よろしいでしょうか? あの、宰相様。くれぐれも、この事件のことは内密に……」
「わかっています。私も広めるつもりは毛頭ありません。あと、最後に訊いていいでしょうか」
「何でしょう」
「陛下は監禁されて一年後、何か変わりましたか?」
 マガリは戸惑ってあらぬ方向を見た。
「それは……変わりますよ……いろいろと。目に見えて違ったと言えば、やっぱり、竜のあざから、片翼が消えたことですけれど」
「え? あざが消えたのは、そのときなんですか?」
 即位前後になくなったと聞いていたが、この時期だというのは初耳だ。
「そうですよ。デュ=コロワ様は、精神的なショックからではないかと、おっしゃってました」
 精神的なショック。
 宰相は沈黙した。……いやいや、考えすぎだ。監禁されただけでも十分なショックではないか。
「他には……一年後の変化、というのとは違うかもしれませんが、戦争を経て即位後、ひとつきほど、陛下は荒れてましたね。なんてったって、かわいがっている愛竜のギーに大剣を振り回したくらいなんですから。……これも事件の後遺症、でしょうかねえ。しばらくしたら落ち着かれたんですが」
 後遺症、という言葉も宰相の心の中に沈殿する。
「……それらのことに対し、陛下は何かおっしゃいましたか?」
「いーえ。もう、絶対お話になりませんよ。宰相様だってご存じでしょう? どうして片翼が消えたのかって話はタブーだと。荒れたときの話も同じですよ」
 マガリは怖がるように首をぶるぶると振る。
 宰相はそうですか、と言った。
 これ以上事件当時の女王のことを知っている人間はいるだろうか。
 ガロワ側の人間は、領主が死んだのにならった人間がほとんどだ。特に城の奥にいた兵士たちは、城自体が燃えたこともあって全滅。
 ガロワ家で残ったのは、グレゴワールの父親で、現在も行方不明のナタン。

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