翼なき竜

18.女王の子(1) (2/3)
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 宰相は彼らに向き直り、
「医者を! 毛布と……あと、すぐにお休みになられる場所を用意して!」
 宰相の腕の中にいる女王は、ぐったりとしていた。


 女王の眠る寝台の横で、侍医は処置を終え、宰相に向き直った。
 侍医の顔は深刻そうなものでないが、かといって安心できない。医者を何十年も続けていると、病状を悟られないよう平気な顔をできる。
 女王は瞳を閉じ、ゆったりとした服装で髪を流し、眠っている。時折うなされているのか、「うっ」と声を上げる。
 そんな様子を心配しながら、宰相は隣の部屋へ行って、侍医から説明を求めた。
「それでっ、陛下は、陛下はどうなんですか!」
「まあまあ落ち着いてください、宰相」
「落ち着いていられますか!」
 侍医は調子を崩さず、宰相が落ち着くまで待った。そして宰相が冷静さを取り戻してから、侍医は説明を始めた。
「良いとも悪いとも言えません」
「どういう意味ですか」
「陛下は風邪をひいておられる」
 風邪。
 ほっとした。
 ――重い病気でもなく風邪くらいなら……。
 ところがそんな宰相の安堵を侍医は打ち砕く。
「宰相、安心するようなことではありませんぞ。陛下の風邪は精神的なものも作用しているようで、治るのは時間がかかるかもしれません」
「精神的な……もの?」
「はい。女王という立場の重圧は相当なものなのでしょうな。積もり積もった負担で弱ったところに風邪をひいたようです。それに、もともとあまり眠られないそうです。毎夜うなされていると、側に仕えている方も言っておられましたし……。疲労がかなり溜まっているかと」
 やっぱりと思う。
 彼女は冬から無茶をしすぎていた。睡眠時間が少ないことも、疲労を常にため込んでいることもわかっていた。
 にもかかわらず、ここまで無理をさせ続けたことに、自分のふがいなさを覚える。
「医者として陛下の体のことを考えるなら、しばらく仕事や、精神的に負担をかけるようなことを遠ざけ、とにかく休養させることです」
 宰相は思案した。
 戦争、大災害、重大事が起きれば、女王に考えを仰がざるをえない。
 しかし、今は他国に不穏な動きもなく、災害もない。
 前の時のように、王をやめると言い出したわけでもない。一時的な病気だと明かし、他の臣下の方々の力を借りて対処すれば、穴を埋められるだろう。
「……わかりました」
 ――何とかやってみよう、陛下にゆっくり休養してもらい、体を治してもらうために。
 宰相は再び女王の部屋に入った。
 眠る彼女の前髪をなでながら、「安心してお休みください、陛下」と彼女にだけ聞こえるような小さな声でつぶやいた。



 宰相は女王の式典出席のキャンセルに急いだ。
 欠席するだけで済まないものは、宰相が代理として出席した。
 それらのことはまだ決まったことであるし、対処のしようがあることだ。
 問題は、突如として現れる事件。
 戦争や災害なら、予防できることがある。
 だが、予防すらできないことというのはあるのだ。
「宰相!」
 領地にいるはずのデュ=コロワがやってきて、即座に宰相との面会を求めてきた。デュ=コロワは竜騎士団長でもあり、西の一地方の領主だ。
 どちらのことにせよ、わざわざ彼自身が突然来るということは、軽い問題ではない。

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