翼なき竜

17.竜族の秘(2) (3/5)
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「……和平のときにどのような話し合いが行われたか、記録はない。ただ予測するに、人間の社会のことをろくにわかっていなかったであろう竜に、アルマン王が、ブレンハールに都合の良いことを吹き込んだのではないか、と思っている」
「そんな、ばかな」
 歴史上、人竜戦争は和平を結んで終結した、として片付いている。
 あまりに卑怯な契約だ。
 竜はアルマン王を、人間族の長だとでも思いこまされたのだろう。しかし、彼らは一国の王にすぎない。
 それ以後数百年、ブレンハールは大国だった。竜の力を使って。
 そして、ドウルリアのような小国は、ブレンハールの影で虐げられてきたのだ。
 そこにいるのが大国の女王であることを忘れ、オレリアンは義憤に駆られていた。
「そんな契約、無効だ!」
「……最初がどうあれ、契約は有効だ。ブレンハールの王族に竜の血が流れている限り」
「……今現在、何人ですか、それは」
「さあ。直系が私と叔父のみ。しかし途中で貴族へ降嫁した方々もいるから……合計して数百人はくだらないだろう」
 時代が下れば下るだけ、子孫は増える。それも当然だ。
 ……となれば、打つ手がないわけか。永久に竜はブレンハールに協力する。
 そう落胆したところで、女王の意図に気づいた。
「……陛下、これが狙いですか。他国は竜を操る術を持ちえない。どうしてもブレンハールが強いのだから、戦争しても無駄だと、悟らせるために」
 長い間ブレンハールへ敵愾心を持っていたドウルリア国王も、どうしようもないことを悟れば、諦める。
 女王は口許に笑みを浮かべる。
「ドウルリアの使者殿。国王陛下へお伝えください。これからも仲良くいたしましょう、と」
「…………。伝えましょう」
 オレリアンは初めて、目の前に置かれたワインを飲んだ。
「それにしても、お会いしたときから不思議でしたが、どうして陛下の『泰平を築く覇者』のあざは、片翼がないのですか?」
 女性の顔について、通常ならばオレリアンは問わない。
 それが気になったのは、もしかしたら呪いが消えかけているのではないか、と思ったためだ。もしこれが、契約が切れる予兆だとすれば、ドウルリアにとって吉報だ。
 女王はひどく嫌そうに、顔をしかめた。
 しかしオレリアンが契約の解除に関係しているのかも、と期待しているのを見ると、女王は嫌々ながら話し始めた。
「これは契約とは関係ない。『泰平を築く覇者』というのは、竜の血が濃い。このあざは私の身体の中で、竜の要素を集めて形にしたようなもの。私の竜としての分身だ」
 女王は背もたれに身体を預ける。
「竜にとっての翼はただ飛ぶためにあるわけじゃない。竜は本来、どう猛な本能を身体に持っている。その本能を抑える理性を持つのが、二つの翼」
「なら片翼がないというのは……?」
「普通より半分も理性がなくて、どう猛ということだ」
 女王は面白くなさそうに、吐き捨てるように言う。
 オレリアンはよく理解できなかった。かすかに首をかしげるが、女王はわかりやすく説明してくれそうにない。
 女王は窓から夜空を見上げた。冬の黒い寒空を見ながら、立ち上がる。
「さあ、オレリアン殿。そろそろお帰り願おうか。手みやげも持たせたのだから、もう文句はないでしょう」
 オレリアンは苦笑いを浮かべながら、立ち上がる。

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