翼なき竜

16.竜族の秘(1) (3/5)
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『……僕の言うことは、許されない?』
『いいや。我ら竜は、人間とは違う。無意味な同族間の戦争もない。どんな異端な意見だろうと、迫害せずに聞き入れる。正直、お前の意見は理解しがたいけれど、君もまた同胞の竜だ。最大限、お前の意見と望みは許されるだろう。望むとおり、アルマンの末裔を、来るべき時、全て、食べるがいい』


「陛下、ドウルリアの王弟・オレリアン様のことですが……」
 女王は扉をしばらく見ていたが、宰相に視線を戻した。
「ああ。あの評判通りの美男子な」
 ぴくり、と宰相のこめかみがひきつる。
 先ほど謁見したオレリアンは、確かに、見目麗しい青年であった。金髪は太陽の光を集めたように輝き、甘いマスクで微笑む。
「……で、その、あ、ああ愛人のことですが……」
「そのことだが」
 女王は宰相の言葉を遮った。
「一切、お前に任せる」
「任せるって……」
「よく聞いてくれ。私は今後全て、外交に関わる権限を、宰相に委譲する」
「ちょっと待ってください、どういうことですか」
「つまりお前が戦争をするというなら戦争開始。友好関係を築くとするなら、相手国と仲良くするための手だてを取る。今回の件で言えば、ドウルリアとの友好関係を磐石のものとしたいというなら、オレリアンを私の愛人にするよう、命じればいい」
「そんな! 陛下の考えはどうなのですか」
「私に意見を求めるな。いいか、外交に関して、私は何の命令もしない。戦場へ出ろと言うなら出る。結婚しろというならする。私は意見を言わない」
 かたくなな話であった。
「……オレリアン様を、愛人に迎えても、いいんですか」
 先ほどの発言どおり、女王は何の意見も言わなかった。
 もどかしい気持ちだった。女王が何を望んでいるか、わからない。
「……なら、私が、オレリアン様を陛下の愛人にするよう決めたら……陛下はそれでいいのですか……?」
 宰相の望む答えは決まっている。こんなふうに訊く自分が愚かだと、わかっていつつも訊いてしまう。
 期待する答えを待ちながら、反対の答えが返ってきたらどうしようと思う。
 女王は目を伏せた。
「いいよ」
「!」
 足が震えそうになった。
「そっ、そうですか」
 言葉は棒読みになる。
 簡単に、ごく簡単に認めた……。
 呆然として、何の言葉も出なかった。
 鋼のように重く、針のように痛い沈黙が落ちている。
 ぽた、と何かが落ちる。
 女王の座る執務机の上。水滴がこぼれ落ちている……女王の頬をつたって。
「!」
「お、お前が、いいって言うなら、いい。わ、たしに、愛人を作らせても構わない、って言うなら、お前がそう、言うなら……」
 顔を伏せた女王に、宰相は近寄る。だが、どうやって誤解だと知らせるか、どうやって慰めるか、考えあぐねている内に、扉が叩かれ、開かれた。
「……おや、陛下だけでなく、宰相殿も?」
 入ってきたのは、宰相が一番見たくない男だった。
 甘く優雅に微笑む、オレリアン。
 執務室の一種変わった雰囲気を感じ取り、オレリアンは見回す。
「……お邪魔でしたでしょうか?」
「いや、構わない。それで、オレリアン殿、何の用で?」
 女王はぐい、と涙をぬぐい、立ち上がり、機敏に彼に近寄った。
 オレリアンは不用意に近づいた女王の手をすくい取り、身体を折り曲げ、唇を落とす。
「ブレンハールの女王陛下。ぜひ、個人的に二人でお話ができればと」

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