翼なき竜

16.竜族の秘(1) (2/5)
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 竜の幻影は書類の山を眺める。以前より格段に増えた書類。戦後処理の分、正月の行事のための分。
 女王の手元にあるのは、戦死者の家族に宛てた手紙だった。……戦死者がどれだけいることか。それ全員のものを書いていたとしたら、時間がなくなるのも道理だ。
『自由なんてなくて、ぼろぼろになって、必要もなくて、それでも王を続けるって?』
「そうだよ。父上が託されたものだ。私は生涯、王でいるだろう」
『たかがあの男が死んだくらいで、何を言っているんだよ。あいつだって、君を必要として、王でいてくれと頼んだんじゃない』
「……それでも、父上は私に頼んだんだ。ギャンダルディス、もういいんだ。私は決めた。もう、二度と王をやめるなんて言わないって。……この話はこれで終わりだよ」
 ギャンダルディスは苛立ちながら、なおも言いつのろうとしていた。
 そのとき扉が開かれた。宰相だった。
「陛下、ドウルリアのことですが……」
 他の人間にはギャンダルディスの幻影は見えない。
 女王は、行け、と言うように少し顎を上げる。
 苛立ちをますます募らせながら、ギャンダルディスは、部屋を出た。

 ギャンダルディスは物音一つ立てずに歩いている。苛立ち、床を蹴るような歩き方であるが、幻影ゆえに音はない。
『悪巧みは失敗したようだな、ギャンダルディス』
 くくく、と笑いながら声をかけたのは、窓の外の樹に腰掛けている、別の竜の幻影だった。
『久しぶりだな。覚えてないか? お前の親の、シルベストルだよ』
 彼の身体はギャンダルディスをそのまま成長させたようなものだった。青年の身体で、黒髪はギャンダルディスと同じく足先まで長い。服装もまたギャンダルディスと同じで、ゆったりとすそを引きずるようなものだった。
 一度歩みを止めたギャンダルディスであるが、面白くなさそうに、再び歩き出す。
 シルベストルは風のように軽く飛び、窓から王城へ入り込む。そしてギャンダルディスの隣を歩いた。
『こうして会うのは何百年ぶりかな? 他の竜から聞いていたが、本当に、無意味としか思えないことをしてるんだな。さっきのアレが、人間の王なんだよな? アルマンとは違うなあ』
『……何の用があるの? まさか本体が近くにはないよね?』
『本体は北の大陸。ここに来たのは、ただの暇つぶしさ。お前の邪魔をしに来たわけじゃない。……と言っても、邪魔するも何も、お前の悪巧みはうまく行かなかったじゃないか』
 ギャンダルディスは王城の端のテラスまで来ると、そこから身を躍らせ、猫のように地面に降りる。シルベストルもそれにならった。
 ギャンダルディスは庭園を歩く。目指すは本体のいる、竜の丘だ。
『他の竜にも重々伝えておいて、シルベストル。この王城近辺には、本体を絶対に近寄らせるなって』
 シルベストルは寒々しい葉一枚ない枯れ木の下で、歩みを止める。
『ギャンダルディス、お前はあの女王を全部食べたいのかい?』
 呼びかけるようにして、シルベストルは尋ねた。
 竜の丘を目指していたギャンダルディスは立ち止まり、振り返った。
 子どもの姿に似合わぬ、凄みを利かせた表情で。
『ああ。僕はレイラを食うよ。皮も、肉も、骨も、何一つ残さず、全部僕が食べてやるんだ――邪魔をしたら、許さない』
 ギャンダルディスの青い目が、ぎらぎらと輝く。
 自らの子を見ながら、シルベストルは苦笑する。
『やっぱりお前は、竜族の中でも異端者だよ』

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