翼なき竜
15.英雄の場(3) (5/6)
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宰相にとってエミリアンは、王と王家のことしか考えない人間で、どうしようもない自己中心的な人物だ。彼が玉座にいた二十年間の政策だって、非難を封じ込めるばかりの自我を押し通すそれが、全て正しかったとは思えない。
彼は王は神だ、と言った。つまり自分は神だ、と言ったも同然だ。だが宰相にはとてもそう思えない。欠点のある人間だ。それも、その欠点が大きすぎる人間だ。
けれど女王にとって、そうではなかった。敬愛する父親だ。
その父親を手にかけたことが、彼女を良い方向へ変えるはずがない。
よい要素など、何一つない。
だが……全て終わってしまった。
ここで、よくない、と言っても、終わってしまったことを非難するだけだ。そして彼女の後悔を深めるだけなのだ。
「……これで、よかったんですよ」
ぎゅっと強く、肩を抱く。薄っぺらな嘘を隠すように。
終わってしまったことは、肯定するしかないのだ。
この選択を否定してしまえば、彼女は崩れ落ちてしまう。
彼女は決して肯定できない。だから、第三者が、強く肯定するしかない。
ぽつりと女王は話し始める。
「……父上は、『王は神だ』と、よく言った。……けれど、私にとって、父こそが、王だった。父こそが、神だった……」
女王は自身の両手をひろげる。小刻みに震えるそれを、女王は食い入るように見つめる。
まるで、その手のひらが血に染まっているかのように、彼女は嫌悪と後悔でぐちゃぐちゃになった顔で。
宰相は彼女の身体を引き寄せ、胸に押しつけるようにして、抱きしめる。
どうして、彼女は血まみれの道を歩かなければならないのだろう。
彼女が選択したとはいえ、どうして、そんな選択肢が用意されているのだろう。
そしてこれからも、彼女はそんな道しか歩けないのだろうか……。
女王は手を伸ばし、背に回してきた。
「お前がいて、よかった。お願いだから、離れないでくれ……」
心細い子どものように、彼女はすがりついてくる。
ふと、兄からの手紙を思い出した。ラシードは東の領地で結婚するという。そしてこれからも、そこを居場所に生きていくだろう。
そのとき宰相は思った。自分の居場所は、この王城だと。
だが、今、宰相は思う。
自分の居場所は、王城ではない。
女王の隣。そして、彼女を支えるためにいるのだと。
宰相は彼女の背をなでながら、そう確信した。
* *
ブレンハールから南にある小国・ドウルリアの王宮では、貢ぎ物の準備におおわらわである。
どこへの貢ぎ物かというと、もちろん、大国ブレンハール。
同盟を結んでいるとはいえ、立場は対等ではない。年に一度、ドウルリアや他の小国は、ブレンハールへ貢ぎ物を持って行く。
しかし今年、ドウルリアは例年以上にその準備に忙しかった。
去年の二倍の貢ぎ物を用意しなければならないからだ。
ドウルリア国王は、運搬料などを含めた予算を見て、歯ぎしりする。
なぜそうしなければならないかというと、ブレンハールとラビドワ国の戦争のせいだ。ブレンハールが圧勝したが、そのときラビドワ国へ武器支援をした、とドウルリアは疑われた。疑われただけでなく、凱旋した女王は、攻め入るとまで宣言したという。宰相が諫めてそれは撤回されたというが、疑われて戦争を仕掛けられそうになったドウルリアは、たまったものではない。
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