翼なき竜

15.英雄の場(3) (4/6)
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 窓から見える田園風景。まるで一枚の絵画だ。
 遠くにある水車が細かく動く。小さな川が、重くたれ込める雲を映していた。
「わたし、久しぶりにここ最近の女王陛下を見て、思いましたわ。陛下って破滅型のお方だって。いつか重圧に耐えきれず、発狂してもおかしくありませんわね」
 そんなことを、ごく軽く、セリーヌは言った。


 教会の天井は限りなく高かった。ステンドガラスから淡い光が落ちる。
 中央には彫像がある。神が中央に立ち、左にいる人間と右にいる竜に手をかざしている。
 竜と人間との宥和を描いたその彫像は、どこの教会にでも飾ってある。
 ただしここのものは立派な大理石だ。有名な彫刻家が昔作成したもの。
 その下にはパイプオルガンがある。パイプは左右に何本も立ち並ぶ。この国屈指の大きさのパイプオルガンだ。
 中央には広めに道を作り、左右対称に、ベンチが並んでいる。
 そのベンチの端に女王が座っていた。その斜め前に老神官が立っている。
「……王であった父上が、あんな死に方をすべきだったのだろうか。あれほど立派だった父上は、本当にあんな死に方をしなければならなかったのだろうか……」
 女王の弱々しい問いに、老神官は厳かに答える。
「肝心なのは、死に方ではなく、どのように生きたか、じゃ。生きていたときのエミリアン様は、女王陛下に何を残しましたかな? エミリアン様の死は、陛下に何を与えましたかな?」
「死が、何を与えたか……」
 女王は何かを考え込むように反芻する。
 老神官は近づいてくる宰相に気づき、微笑みながら礼を取る。
 絨毯の敷かれていない暗い場所を歩いたもので、靴が鳴った。
 女王が振り返る。こちらがびっくりするほどに、彼女は驚いていた。
「……急に、暗闇の中から現れないでくれ。心臓に悪い」
 そう言いながら、女王はベンチに座り直す。老神官は静かに立ち去った。
 宰相は女王の隣に座った。
 隣にいる彼女は、正面にある彫像を見上げている。
「……葬儀と洪水被害の援助の準備は、できているのか?」
「命じておきました。どちらも明日に」
 そうか、と女王は言った。
「……『英雄』という劇を知っているか? 今城下で流行っているやつ」
「いいえ。勉強不足で」
「あ、そうか。私がお前に仕事を押しつけたから、芝居を見る暇もなかったんだな。……すまなかったな。もう大丈夫だから」
 大丈夫、とはどういう意味か。
「私は、女王を続けるから。たとえ必要でなくても、私は生涯、王であり続ける。王家の血を引き継ぐ者として――父上の子として、私は全力を尽くす。二度と蛮行をしない。絶対なる権力を正しく使う王でいよう」
 女王は宣言した。高らかに歌い上げるではなく、低く静かな声で。こんな教会の片隅で。
 太腿の上に置いてあった彼女の手が、ぐっと握りしめられた。ベールに隠れ、彼女の表情はよくわからない。
 宰相は彼女の手の上に、自身の手を重ねた。そして、柔らかく包む。
「私が、いますから」
 息を呑む音が聞こえた。そして、彼女の身体が傾き、宰相にしなだれかかる。
 宰相は彼女の肩を抱いた。
「……父上は……殺されて、本当によかったのだろうか」
 ――よかったわけがない。
 女王にとって、これがよかったはずがない。

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