翼なき竜

14.英雄の場(2) (3/4)
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「そりゃあ、おれの考えって単純で、世の中を知らないって言われますよ。実際統一するまでには、他の国は抵抗するでしょうし。でもそれが何ですか。今の我が国なら、そんな抵抗、簡単にねじ伏せられますよ。ええ、陛下の戦いぶりを見たら、本当にそう思えました」
 男は生き生きと語っていた。
 女王は目を伏せる。そのけぶるような睫毛は震えていた。
「……私のしたことは……見る者に、そう思わせてしまったんだな……。選民思想を強め、他国を軽視し、簡単に侵略に賛成する……そんな国民を作ったのだな、私は」
「え? どうしたんです、女王陛下」
 市場の人々はざわめいていた。男が、陛下、陛下、と連呼するもので、人々は周りを取り囲んでいた。
「本当に女王陛下……?」
「そんなばかな。陛下がこんなところにいるはずが」
 円を作って中央に空間ができていたが、ある人が勇気を出して、女王の前に出た。
「あ、あの! 本当に女王陛下なんですか!?」
 それはダムの決壊のようだった。一人が飛び出ると、二人、三人と前に出る。後はわっと押し寄せるのみである。
 女王は人に押しつぶされた。前後左右人が圧迫し、身動きできない。指一本動かせられない。さらに圧迫はとどまることなく強まり続ける。
 苦しい、と叫ぶことすらできない。呼吸すらうまくできない。本当に息が詰まってきて、女王の頭は朦朧とし始めた。
 そのとき、つんざくような警笛が場を貫いた。
「この場にいる者は全員解散しろ! 逮捕するぞ!」
 並び立った兵士が中央に集まろうとする人々を解散させる。抵抗する人も中にはいたが、兵士がただの警邏ではなく、正式の軍の兵士であることがわかると、黙って離れていった。
 兵士は円陣を組んで、誰も中に入れないようにする。
 中央に残ったのは、座り込んだ女王のみだった。
 馬車から宰相が降り立ち、女王の元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか、陛下」
 女王の押しつぶされた結果、彼女のベールは顔から取れ、地面に落ちている。服も乱れていた。
 座り込みながら、ちらりと宰相を見上げる。
「……また、女王に戻れって話をしに来たのか」
 宰相は彼女のベールを拾い上げ、はたいて砂を落としてから、女王に手渡す。
 それを受け取る女王の手は、震えていた。そのベールを顔に押しつける。
「もう、私にはわからない。何が正しいのか、何が間違っているのか。みんな、みんな、私を肯定する。私が間違っていたと思うことすら肯定する……。わからない……何もかも……」
 ベールを顔に押しつける手は握りこぶしを作った。
 宰相は思わず、彼女の肩に手をかけた。細い肩を見て思った。彼女は神でもなんでもない、ただの一人の女なのだと。
 彼女は精神的に疲弊している。休養が必要だ。
 そのために、王を退位することになっても、仕方ないのかもしれない。
 彼女に重荷を背負わせすぎた。それが背負いきれなくなったなら、彼女自身のために、引退を認めるべきではなかろうか。
 そうは思ったが、今宰相が彼女のもとへ来たのは、この話をするためではない。
 宰相は女王の耳元に口を寄せ、火急の用事を告げた。
「その話は後でゆっくりしましょう。とにかく、今すぐ王城へ戻ってください。エミリアン様が……危篤です」
 黒いベールに顔を押しつけていた女王が顔を上げた。
 嘘だろう、と信じられない顔をして、女王は首をかたむけた。
 宰相は彼女の背を強く押し、馬車に乗せる。

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