翼なき竜

14.英雄の場(2) (2/4)
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 女王は肩を震わせていた。目許を手で覆っている。
『すごいね、この歓声。君も泣くくらい、いい芝居だったようだね』
 竜であるギャンダルディスには、人間の心の持ちようとは違うところがあるせいか、感情的にのめり込めない。でも他の人たちは泣いているから、とても悲しく、女王すら泣かせるような話だったのだろう。
 女王は答えなかった。
 舞台上に役者達が全員集まり頭を下げた後、何も言わず女王は涙を払った。


 城下には相も変わらず人が溢れている。勝利の余韻がいまだ残り、どこか浮き足立っているのだ。
 女王はべールを顔に巻き付け、片翼の竜のあざをかくしていた。
 市場では商品の名が叫ばれているが、その影で市民同士が昨今の情報を取り交わしている。
「ジャキヤ地方に大雨が降って、洪水になってるんだってよ」
 女王は足を止めてそれらの会話に耳を傾けた。
「どれくらいの規模だい?」
「さあ。ただ、何人も死んだらしいし、水に流された村がいくつもあるんだってさ」
「そういうところには病も流行る。神様もひどいことをなさる」
 しばらくして彼らの会話が別の話題になると、女王は歩き出す。
 女王の表情は暗いものだった。うつむき加減で、考え込みながら足を進める。
 女王は一人の男とすれ違った。その男は振り返る。
「え……もしかして、女王陛下!?」
 東と西の文化が混ざり合った市場で、女王の姿もその中に紛れていた。頬の竜を隠せば、城下にいても今までばれたことがない。
 こんなところでそう呼びかけられるとは思ってなかった女王は、目を見開き、思わず足を止めた。
 男は走り寄って、女王の前に立つ。
「やっぱり女王陛下だ! こんなところで……うわ、ほんと、感激です!」
「な、なぜ……誰だ、お前」
 そばかすの散った、若い男だ。女王に見覚えはなかった。
「覚えてませんか? エル・ヴィッカの戦いの時、陛下に助けられた者です。おれ、戦うのとか苦手で、死にかけて……そのとき、陛下が竜に乗って前に出て、助けてくれました。……あのときのことは一生忘れられません!」
 若い男の目はきらきらとしていた。
 まさしく英雄を見る目。
「あのときの陛下の戦いぶりは、まさに勇猛果敢! ほれぼれするものでした! ラビドワの連中をあっという間に蹴散らして、後には何も残さない! あの戦いぶりを見たら、この国の未来が見えた気がしました。他国なんて目じゃないです。どの国だって、この国にかなうものですか。この国は世界の頂点に立ち、永劫繁栄し続けるって、そう確信しました」
 女王は顔に巻かれたベールの端を、きゅっとつかんだ。その指先は白くなっている。
「そうだ、陛下。陛下は他国へ侵攻するよう命令した、って話が噂になっているんですが、本当ですか? 命令を撤回されたとも聞きましたが……」
 女王はずっと黙ったままだった。このおしゃべりな青年だけがしゃべっている。
「侵攻するってことなら、おれ、賛成します。だってエル・ヴィッカの戦いのすさまじさは世に広まって、他国だって震え上がっているっていうじゃないですか。今がチャンスでは? おれ、ちょっと想像するんです。我が国が世界を統一したとき、どうなるのかって。きっと他国だって、それがいいんですよ。何にもない小国の国民であるよりも、竜の恩寵を受けたこのブレンハールの国民になった方が、絶対にいいはずですよ」
「…………」

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