翼なき竜

13.英雄の場(1) (3/5)
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 権謀術数の極地、王城へ向かうイーサーに、そう心配する声をかけた。
 兄はやさしい人だ。だからこそ、イーサーは快く全てを譲ることができた。
 ――その兄が、結婚する。
 手紙を読みながら、宰相は心から嬉しそうに笑う。
 兄の手紙は、お前が式に来れないだろうことが残念だ、とあった。
 宰相も残念だ。
 年明けがどうなっているかはわからないが、どうなっても、東の領地に帰るつもりは二度とないから。
 自分は家を出た。イルヤス家にとって、いてはいけないと思ったから、家を出た。生半可な決意をしたつもりはない。
 兄の居場所は、イルヤス家にしかない。これからは結婚し、多分子どもができて、そして次世代のイルヤス家の系譜を紡ぐことだろう。
 そして宰相の居場所は東の領地ではなく、この王城にある……。

「閣下! 朗報です!」
 扉が急に開かれる。
 しんみりと思い返していたイーサーは、きりっとした『宰相』の顔となる。
 あまりに人の出入りが多すぎるもので、ノックをされることが最近ない。宰相も注意をする暇さえなかった。
「女王陛下が見つかりました!」
「! どこですか!?」
 その答えは、意外なところだった。
「エミリアン様のお部屋です。お見舞いに訪れたようです」
 探し回っていると知っているだろうに、王城内に戻ってくるとは大胆な。
「絶対にそこで留めておいてください! 私も向かいます!」


 先王エミリアンは、広いベッドで半身を起こしていた。
 カーテンが閉められて、明かりが乏しい。おかげでかけられている絵画も緻密なカーペットの図柄も、あまり見えない。
 げっそりと痩けたエミリアンの頬を見て、女王は沈んだ顔をした。
「父上……お痩せになって」
「……女王陛下よ、わざわざ父の元へ来るなと、玉座を譲ったときに言っただろう。王は絶対なのだ。王が誰かの元へ出向くなど、あってはならん。誰もが王の元へ出向かねばならんのだから。陛下が会いたいと言うのなら、わし自ら出向いた」
 女王はゆるく首を振った。
「私はもう、王ではありません。身体を悪くされていると知って、どうして出向くように言えるのですか」
 エミリアンは女王退位の噂は知っていた。
 それでも、娘の口からそれを聞き、憤慨した。
「王ではない、だと? 何を馬鹿なことを言うのだ。王であって、何が不満足だと言うのだ。満足できないものがあるというなら、全てお前の思うとおりに変えてしまえばいい」
「……私は、私を変えられません」
 エミリアンは、それこそ鼻で笑った。
「なぜ王が変わらねばならん。王が変わらねばならんことなど、何一つない。国は王のためにあるのだ。王は神だ。誰よりも公平で、誰よりも正義、誰よりも厳格。不都合があるなら、国を変えればよい」
 女王はまぶしそうに目を細める。
 そう、王は神だ。
 その王が王をやめるなど、あってはならないのだ。誰よりも満足を得られる地位なのだから、王が満足を得られずやめるなど、あってはならない。王を一片も否定してはならない……たとえ王自身であっても。
「父上は、いつも自信がたっぷりおありなのですね」
「当たり前だ。わしは20年、正しく公平な王であったのだ。誰にも否定されぬ」
「……でも、私は」
 女王はうつむく。
 なぜ王がうつむく必要がある。ただ胸を張っていればいいものを。
 静かな部屋に、こんこん、と扉を叩く音があった。

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