翼なき竜

13.英雄の場(1) (2/5)
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「ま、街から外へ出ていないのは、確実です。ですが、どこの宿屋を探しても……」
「城下をくまなく探し回らせなさい! ……私も探しに、城下へ……!」
 宰相は苛立ちながら立ち上がる。
「閣下、お、落ち着いてください」
「何が落ち着いていられるんです! 女王陛下が見つからないんですよ!?」
 部下たちは、心配そうに宰相の顔を見る。
「私たちが探させますから。……宰相閣下、お疲れでいらっしゃいます。睡眠時間もあまりとっておられないのでしょう? 少々、お休みになってください」
「休みなんて……!」
 と言いつつ、宰相は部下の言うとおりであることを自覚していた。身体が重い。頭が痛い。
 このままでは重要案件があっても、へたな判断を下しそうで怖い。
 宰相はもう一度椅子に座り直した。
 顔を上げて、目許をほぐす。
「……これ、宰相閣下の館の方が、閣下に渡すようにと預かった、手紙です。どうぞこれを読んで、政務から離れて、落ち着いてください」
 部下がすっと手紙を差し出す。
 そういえば、最近館には帰っていない。就寝前に届けられた手紙を読むのが習慣だったが、それも最近していない。
 手紙の裏を見てみると、宰相の目が見開かれた。
 急いでペーパーナイフで開け、中の便せんを開く。
 それは、兄のラシードからのものだった。
 東のイルヤス家の領地を受け継いだ兄。子どもの頃は病弱だった兄。
 子どもの頃を思い起こさせるようなやさしい昔話が前菜としてあって、明るいニュースがメインに書かれていた。
 兄が結婚するという。
 以前父のサラフが来たとき、結婚をしぶっていたというが、その父の勧め、そして宰相が望んでいると知って、結婚することを決意したと。
 年が明けたら結婚するとか。
 宰相は知らず知らずのうちに、微笑みを浮かべていた。
 ここ最近で、最も嬉しい話だ。
 宰相は昔、イルヤス家の領主継承問題で、兄と微妙な時期があった。
 普通なら兄が受け継ぐのが当然で、次男のイーサーにはまったく関係ない。
 しかしその兄が、病弱だった。大人になるまで生きられないだろうとも言われていた。
 だからこそ、イーサーに次の領主を、と言う人も親族には少なからずいて、それが当然だとさえ思う人たちもいた。
 イーサーは領主となることを意識をして、領地経営、財政について学び、そして莫大な財政赤字を解消することまで成し遂げた。
 しかし、兄は病気から回復した。不治の病だと言われていたが、治療法が見つかったのだ。
 そのとき、二人の兄弟は微妙な関係となった。
 二人の兄弟の思惑を越え、親族間で、やはり長男だからラシードに継がせるべきではないか、いやイーサーもこれまでがんばってきたのだから、しかしそれは次男としては出過ぎたまねではないか、と、議論が紛糾した。
 これまでしてきたことがラシードの重荷となり、立場を辛くすると知ったとき、イーサーは領主とならないと宣言し、家を出ることにした。
 ちょうど財務顧問にならないかとの話が出たから、王城へ向かうことにした。時期がよかった。ただ家を出ると言ったら、ラシードは自分のせいだと責めるだろうから。
 それが最後に兄を見たとき。生まれ育った東の領地――険しい山々がどこでも見える場所、石造りの家々の町、羊のいる村――を最後に見たとき。
 ラシードは言った。
『お前は理想家だから、いつか現実の辛さに向き合って、心が折れてしまわないか、心配だ』

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