翼なき竜

11.無翼の雨(1) (3/6)
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「……ま、まあ、とにかく、こちらへどうぞ。祝勝会の準備が……」
 焦りながら招こうとしたが、
「祝勝会だと? 暇なことを」
 と鼻で笑われた。
 困惑しながら、もしかして疲れ切っているのかもしれない、と思った。
 エル・ヴィッカ地方での戦いは、一度どころか何度も繰り返されたという。戦いの連続の後、馬での長距離の旅。
 騒いで喜ぶより、まずぐっすりと眠りたいのかもしれない。
「そ、そうですね。ではお休みなされますか?」
「こんなときにそれどころではないだろう。浮かれている場合か!」
 女王は睨むような視線を向ける。
「次の戦争の準備はどうした」
 場が緊張した。
「次の……戦争……?」
 宰相は絞り出すように問う。女王の瞳は微塵もゆるがない。
「そうだ。お前が知らせてきたのだろう。ドウルリア国がラビドワ国の味方をし、武器を援助していたと。これは敵対したも同じだな?」
 確かに知らせた。
 だけどそれは。
「まだ調査中です。確定したわけではありません。次の戦争だなんて、早計すぎます」
「早すぎるだと? こうしている間に、ドウルリア国は戦争の準備を始めているだろう。のんびりとしている場合か」
「ドウルリアが戦争の準備を始めているなんて情報はありません……それに、敵対したとの証拠もなく同盟国に攻め入れば、他国からの非難は免れません」
「証拠か。ならば作ればいいだろう。我が国が攻め込む理由にたる証拠を」
 女王は言葉を途中で区切り、何かを思いついたように笑みを浮かべた。それはまがまがしい微笑みだった。
「そうだ、作ればいいんだ。証拠なんて、いくらでもでっち上げられる。ドウルリアも、カプルも、レージャも、ボーリアも、ジャスロも……全て! 理由なんてでっち上げて、攻め込むんだ。殺し尽くし、滅ぼし、世界を手に収めるんだ。あはは、はは、あはははは……!!」
 狂喜する彼女は、狂気に冒されていた。けたたましく嗤い続ける。
 宰相は言葉をなくして立ちつくす。
 何があったというのか。何が彼女を変えたというのか。
 決して、こんなことを平然と言う人間ではなかったのに。
 呆然としていると、手を打ち鳴らす音が響いた。
 先王・エミリアンである。
「素晴らしい王のお考えだ」
 宰相と同じく呆然としていた人々も、エミリアンにならって、拍手をする。
 素晴らしい考えです、感服しました、そんな讃美の言葉と一緒に。
 ……何を言っているんだ、この人達は。
 言っている心情は、わかる。
 話の中身なんて関係ない。女王が言ったことだから、中身がどんなものであろうと褒め称えているのだ。
 だが、宰相はその讃美の波に乗れなかった。
「……本気で、言っているんですか……?」
「ははは、そうさ。さっさと進軍の準備をするんだ。兵を集め、一路ドウルリアへ向かわせろ。私も行く。殺し尽くし、灰燼と化してやる!」
「本気、ですか。他国と友好関係を築き、平和な国を作る、というのはどうなったんですか」
 女王は常々そう言って、それをもとに、今まで外交戦略を立てていた。浅はかな考えから侵略しても、利はない、と……。
 だが彼女は口の端を上げる。
「そんなもの、嘘さ。そんな建前を信じていたのか。私はいつも、他国を侵略し、殺し、戦いたかったんだ」
 衝撃が、宰相の胸を貫く。信じていたものが、ぐらりと崩れた。

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