翼なき竜

11.無翼の雨(1) (2/6)
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 王太后は頭の中を探るように、目を細め、口許に指をもってくる。
「宰相の父は、東のイルヤス家のサラフだ。きゃつの妻は、確か15人の兄弟がいた。その親族のうち、誰か宰相に似た貴族がいたのだろう」
 先王が口を挟む。
「正確には23人ですが、そうです。これだけ多いと、私自身会ったことのない親族も多いんです。もしかしたらその中の私と似た方と、王太后様が会ったことがあったのかもしれません」
 自分と似た顔の人物がいるというのは、奇妙な気分だ。宰相となってから、急に親族として会いにくる人々を目にしたが、自分と似た人物、というのはお目にかかっていない。
 ただ、伯父・伯母たちだけで23人。その子供である従兄弟となると、何人となるのか数えたこともない。
 誉れ高い芸術の道を志した人物もいれば、罪を犯した人物もいる。
 親族にもいろいろいる。そして大体はみな、貴族だ。その貴族が、王太后と会ったことがあっても、おかしくない。
 だが、その当の王太后は眉を少しだけ寄せる。
「でも……私、貴族と会う機会はございましたが、それはほとんど、先王陛下と共にいたときでございますわ。常には後宮におりましたし。私が知っている貴族となると、先王陛下もご存じのはずでございます」
 先王は不愉快そうな声で返した。
「無駄なことをいつまでも申すな。わしは知らぬ。話はここで終わりだ」
 申し訳ありません、と王太后は一歩下がる。
 女王が街へ到着したとの報告が入ったのは、そのときだ。


 街の大通りでは、凱旋パレードが始まっていた。
 国章の刻まれた鎧に身を包み、馬に乗って進む女王に、大観衆が声を上げ、手を振る。
 女王は手を振り返すこともなく、笑みを浮かべることもなく、ただまっすぐ顔を向け、王城へ進んだ。栗皮色の髪が、秋の風に時折揺らめく。黒いマントがはためいた。
 頬には布が当てられていて、『泰平を築く覇者』の印を見たかった人々は、少しだけ残念そうである。
 女王のずっと後ろでは、大きな檻に入れられ、眠らされた竜のギーがいる。
 普通の人々は本物の竜を目にする機会はない。せいぜい神殿の彫像くらいなものである。珍獣を前にして、人々は驚き、興奮していた。
 女王陛下万歳! という声があちらこちらで上がっていた。道を囲む人の群れから、窓から身を乗り出す人から。
 その大観衆の誰も、女王の暗い双眸に、気づかなかった。


 王城に到着した女王は、ずらりと並ばれた臣下に迎えられた。
 女王は鎧の音をさせながら、あぶみに足をかけ、降りる。
 目の前に向かってくる女王は、確かに女王であった。
 夏に見送った白い顔は、日に焼けて秋に戻ってきた。竜のあざは、布が当てられて隠れている。
 どれほど無事を神に祈願したことだろう。どれほど、前線に出たとの報告を聞いて、胸を痛ませただろう。
 だが、全ては、戦いは終わったのだ。彼女は頬にかすり傷ひとつで、帰ってきたのだ。
 今はただ、よかった、という言葉ひとつが胸を埋め尽くしている。
「ご無事で何よりです! 陛下!」
 感慨をにじませて、宰相は走り寄った。
「……宰相か」
 女王の声には何の感情もなかった。
 宰相の満ちあふれた喜びの言葉とは対照的とも言ってよかった。
「陛下、お帰りなさいませ」
 臣下たちは笑みを浮かべて、帰還を喜ぶ。先王も、王太后も。
 だが女王はつまらなさそうにして、一片の感情も動いていないようだった。

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