翼なき竜

10.戦争と人 (4/5)
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 女王は乱暴に立ち上がった。拍子に椅子が倒れた。
「ふぬけ共め!」
 そんな言葉を残して、彼女はテントから出て行ってしまった。

 ……女王の後にしたテントの中は、恐慌状態になった。
 女王陛下を怒らせてしまったどうしよう、と誰もが慌てふためいている。これが歴戦の将軍達の姿かと思うと、ブッフェンは笑いそうになったが、あまりにばかばかしくて笑えなかった。
 とにかく、作戦会議は中止になったわけであり、ブッフェンはテントを出た。
 ぽりぽりと頭を掻きながら出てみると、内部と同じように慌てふためいている兵士が集まってくる。
「どうなさったのですかっ!? 陛下が大層お怒りのご様子でしたが……!」
「……いや、その、ねえ?」
 ブッフェンは空を見上げる。空は砂埃が散ったように、黄ばんで見える。
「とにかくブッフェン様、陛下のお怒りをお静めください! 陛下はテントの裏にいらっしゃいますから!」
 またもや、ブッフェンは面倒そうに頭を掻いた。
 しかし、若々しい兵士達のすがるような目。女王が怒ったら天災でも降りかかってきそうなほどの、真剣な目である。
 彼らのような王第一主義者、いや、王原理主義者たちは、かなり多い。王は偉くて尊いのだ、という教えを骨身にしみこませた人々である。
 しぶしぶ、ブッフェンはテントの裏に向かった。
 裏といっても、駐留地自体が奥行きのある場所を確保したわけではない。テントの裏は、すぐ森林が広がる。
 女王は木に手をついて、うなだれていた。
「さっきのようなガキみたいなマネは、さすがにないんじゃないでしょうかねえ」
 ブッフェンはとげを含んで彼女の背中に声をかけた。
「あの将軍たちの言うことは正しいでしょ。そりゃわたしは戦争したらどうだとは言ったし、好戦的な女王陛下は前で戦いたいかもしれない。が、ちょっとは節度を守ったらどうだ? お前、ちょっと戦場から離れた方がいいんじゃねえか?」
 先ほどの異常な言葉の数々を思い出す。少し、血から離れた方がいいだろう。
「それでも前線に出るっつうなら、わたしゃ力業を使ってでも、前線に出るのを止めますよ」
 女王はゆっくりと振り返った。
 彼女の顔は、青白かった。弱々しく口の端を上げる。
「……そうしてくれると、助かる」
 ブッフェンは訝しげに眉を寄せる。
 彼女の今まで暗かった瞳に、弱いながら光が宿っていた。
 ――それが、ブッフェンがこの戦いの中で見た、最初で最後の『マトモ』な女王の顔だった。

 その後、戦いは大方の予測通り、圧倒的な力をもってブレンハールがラビドワ国に侵攻してゆく。
 王城に攻め入ったとき、ラビドワ国は崩壊した。
 その後のラビドワ国の分割や、カプル国の今回のことへの感謝の印としての貢ぎ物は、些細な問題である。

 さて、戦いの中で、女王はというと、あの作戦会議以後も前線に出たがった。
 ブッフェンは縄でしばりつけて前線に出るのを止めていたのだが、これに他の将軍達から非難の声が続出した。
 白ひげの老将軍曰く、『女王陛下に何てことをするのだ。陛下の御意志ならば、前線へ出せばよい』と。
 あの作戦会議での意見はなんだったのだ、と問うと、『あれはあくまで臣下としての意見にすぎん。陛下の御意志と決断が、何にもまして最重要に決まっておろう』というわけだ。
 他の将軍どころか部下達からも非難され、女王は相変わらず前線に出たがる。

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