翼なき竜
10.戦争と人 (3/5)
戻る / 目次 / 進む
いつの間にか、崖下から人は消えていた。全て駐留地に入ったのだろう。
「作戦会議を行う。来い」
女王はぴたりと笑いをやめた。鎧の音を響かせ、颯爽と歩いてゆく。
その背を見ながら、ブッフェンはやはり、彼女の異常を感じ取っていた。
一つのテントには、将軍たちがそろい踏みしていた。奥の上座は、女王のために空いてある。
入り口に近い場所に、ブッフェンは座った。
目の前のテーブルには地図が敷かれている。ブレンハール、カプル国、ラビドワ国、その三国の地図……ちょうどこの戦争のためにあるような地図だ。
その地図だけ見ても、我が国の国土の大きさは、カプルやラビドワと比較にならないほどである。しかもラビドワは、このエル・ヴィッカ地方をほとんど失いつつある。
まさに大人と子供のけんか。しかも大人側は本気でやるという、容赦のなさ。
大人には大人の事情や誇りがあるということだ。
――まあ、そんなことはどうでもいい。
ブッフェンにとって、王位継承戦争以後、平和の中で待ちに待った戦い。彼は戦えればそれでいいのだから。
女王が一段高い台の上にある、毛皮の敷かれた椅子に座った。
「作戦会議を始める。さて、フォートリエ騎士団と合流したこともあって――」
「ちょっとよろしいでしょうか、陛下」
もじゃもじゃとした白ひげの将軍が、口を挟んだ。
「陛下に意見を申し上げることこそ、おそれおおいとは存じ上げております。しかし、どうか、お聞き下さい」
女王はつと目を細めた。
「許す。話せ」
「は。陛下には、前線から退いていただきたいのです」
ブッフェンは、やっぱり前線に出ていたか、と思った。
「なぜだ?」
「まず第一に、陛下の安全を考えてのことです。前線に出て雑兵と同じ場所で戦われることは、あまりにも危険すぎます。我々は、陛下が頬に傷を負ったと聞いただけで、心の臓が止まりそうになりました。王位継承戦争の折のように、ぜひとも後ろで」
そうですそうです、と他の将軍達も同調してうなずく。
「私は竜に乗っている。不安がることはない」
「その竜も、問題なのです。……脱走兵が増えています。脱走した者を捕らえたところ、『目の前で人が竜に食われるのを見たら、怖くなった』……だから逃げたと、言っています」
「ロルの粉は、全員に支給しているだろう? ロルの粉さえ振りかけていれば竜は襲わないと、しっかりと伝えたはずではなかったか?」
女王は苛立ち混じりに、肘掛けを指で叩く。
そう言われたところで、怖いものは怖いのだ。
ブッフェンは10年ほど前、デュ=コロワのいる竜騎士団で、初めて竜を見た。そのときの第一印象は、やはり恐怖であった。
これは人間とはわかり合えない種族だと、敵であると、本能的な部分で感じた。
あんなのと仲良くなろうと思えるのは、『泰平を築く覇者』の印を持つ女王と、デュ=コロワのような変質者くらいなものだろう。
ブッフェンが考えたのと同じようなことを、白ひげの老将軍は力説する。
「怖いものは怖いのです。竜を怖がることこそ、当然なのです。事実、ラビドワ国軍を見れば、竜を見て即座に逃げ出す兵士も多いでしょう。我が軍も同じです。特に我が軍のこの本隊は、徴兵してきた平民が多数います。十分に訓練されているとは言い難い人間です。陛下、前線へ立つのはおやめください。後ろで構えていてくださってこそ、我らは安心して戦いにゆけるのです」
戻る / 目次 / 進む
stone rio mobile
HTML Dwarf mobile