翼なき竜

10.戦争と人 (2/5)
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 後に、エル・ヴィッカの戦いと呼ばれる戦いの、一幕のことである。


「フォートリエ騎士団、合流しました――!!」
 すぐさま兵士が叫びながら、女王率いる国軍の駐留する地に響くように報告して走っていった。
 エル・ヴィッカ地方の、山間のことである。暗い木々に覆われたそこは、常ならばこれほどの人がいることはないだろう。
 駐留地にはあまたもの兵士がいて、フォートリエ騎士団が進むと、彼らは顔を明るくさせた。そして疲労したフォートリエ騎士団のみなみなに、水をすぐさま持ってくる。
 本隊はそれほど兵士の減りはないようである。立てられているテントの数も多い。
 奇襲をいくつも行って薄汚れたブッフェンは、ようやく人心地がついた。しかしこのままぐっすり眠るわけにはいかない。
 馬から下りると、まず女王の居場所を尋ねた。
 騎士団の連中に休憩を指示する。そしてブッフェンは女王へ報告をしに、彼女のいるという山の更に奥へ、疲れた足に鞭打って歩き出した。

 獣道を通った先には、兵士と崖の前で見下ろしている女王がいる。彼女は当然ながら、鎧をかっちりと身にまとっている。
「お久しぶりですねえ、陛下」
 ブッフェンの明るい声に、女王は顔を上げた。
 手を上げながら近づいていたブッフェンだったが、ぎょっとした。
 女王の右の頬に包帯が巻かれていたのだ。
「それ……どうしたんですかね?」
「ん? ただのかすり傷だ。矢がかすめた程度のものだが、念のため包帯を巻くよう言われてな」
 矢が当たるような距離にいたということか、この女王サマは。
 女王はくくく、と笑い始める。崖から何かを見下ろしながら。
 何が面白いのだろう、とブッフェンも同じように見下ろした。
 そこには山を覆う木々や草が茂っている。その木々や草の隙間から、人が進むのが見えた。
 距離があるので小さく見えて判別しにくいが、フォートリエ騎士団の連中である。列の後尾にいた、まだこの駐留地に入れていない連中だろう。
 女王はとても楽しそうに言った。
「面白いだろう? まるで蟻の行列のようだ。竜の足でぷちっとつぶしたくなる……つぶしたら、どうなるだろうなあ……」
「……あれはうちのフォートリエ騎士団なんですが」
「それがどうしたっていうんだ。敵軍だろうが自軍だろうが、同じ人間じゃないか」
 くくくくく、と女王は笑い続ける。
 ブッフェンは信じられないような言葉を耳にし、憮然とした。
 彼は眉をひそめる。鼻をすん、と鳴らした。
 臭いがした。生臭い、よく嗅ぎ慣れたもの……。
「……血、の臭いが」
「ああ。さっき人を斬った」
「……戦場で?」
「いやついさっきだ。間者が紛れ込んでいたようでな。背後から襲いかかられたから、私自ら、手を下してやった」
 何がおかしいのか、女王は笑い続けている。
 ブッフェンは一歩退いた。
 少し離れたところにいた兵士に、小声で問いかける。
「大丈夫か?」
「は? 何がでしょう?」
「何がって……あの女王陛下サマサマだ」
「陛下の頬の傷は、本当にかすり傷程度ですよ。矢には毒も塗られてませんでした」
「そうじゃなくてだな……」
 言いかけたが、面倒になってやめた。
 そもそも護衛のくせに女王の背後を襲いかからせたような無能に、彼女の変化が気づけているとは思えない。
 傍若無人な言動の女王であるが、中身はマトモであったはずだ。
 それとも、血に酔ったか……?

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