翼なき竜

9.誘惑の魔(2) (5/5)
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 ブッフェンは不謹慎にも口笛を吹いた。
「調停役をした我が国の面目丸つぶれ、かあ」
「そうだ。せめて事前に我が国へ休戦を破り攻め入る理由を言っていれば話は違ったかもしれないが、こうなった今でもかの国から使者も話もない。ラビドワ国は、苦心して二国間の休戦を結びつけた我が国との友好的関係を断ち切り、敵対したとみなす」
 ブッフェンの瞳が爛々と輝いた。
 宰相はというと、我が国を甘く見ているラビドワ国の上層部の政治的甘さに、舌打ちしたい気分だ。
 確かに我が国は大国と言われているとはいえ、情報とはめぐりにくく、噂は一人歩きをしやすい。震え上がるような残忍な女王の噂もあれば、大国と言われていても意外と弱い国だ、という噂もある。
 カプル国は小国だが、豊かな地を多く持つ。隣国ラビドワ国は喉から手が出るほどその土地を欲していた。
 今までは大国たる我が国が重しとなっていたところがあるが、ラビドワ国はとうとう我慢の限界が来たのだろう。大国が意外と弱いという噂も、甘く聞こえたことだろう。
 攻め込めば、もう自ら止まりようがない。休戦協定を破った以上、もう一度休戦を結ばせるなんてナンセンスだ。
 そして、我が国にも誇りがある。大国ゆえに、大きくなりすぎている誇りが。軽んじられたことは、決して許せない。
 女王はその国の元首として、口を開く。
「――戦争だ」
 口ひげの下に笑みさえ浮かべるブッフェンの横で、宰相は不安そうに女王を見た。
 それは彼女の決断に、と言うよりも、彼女の眼に。
 女王は空虚すぎる眼でどこかを見ていた。頬にいる竜が、赤らんでいる気がした。
 『泰平を築く覇者』は、人間の死と殺戮の戦争を決めた。
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