翼なき竜

10.戦争と人 (1/5)
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 レイラ=ド=ブレンハール女王の治世、6年目の夏。
 入道雲の浮く夏の空に、10体もの竜の影があった。それぞれに人が騎乗している。
 王宮の張り出したテラスから、宰相はその影を見続けていた。
「見続けたところで、どうにもならないだろう」
 部屋の中で、デュ=コロワが地図を下瞰していた。
「見続けて陛下の身が安全だというのなら、わたしもできるかぎり見送り続けるが」
 翼を上下に揺らす竜のどれかに、女王がいる。彼女は今、戦場へ向かっているのだ。
 宰相はため息をついた。
 後悔してもし足りない。女王を戦場へ向かわすことを止められなかったなんて。
 どんなに説得しようと、どんなに周囲の人間を使って働きかけようと、女王は戦場へ行くと言った。
 そして押し通してしまったのである。
「……こうなるのなら、私も戦場に向かえば……」
 ぽつりともらす。
「それはやめた方がいい」
 きっぱりとデュ=コロワに否定された。
「宰相には、戦場に出ることは無理だ。特に、竜の介在する戦争には」
「……? どういう意味ですか?」
「竜騎士が戦場で、どう戦うかわかるか?」
 宰相は少し考えた。
「……竜に乗って、矢を射たり、槍で戦ったり……ですか?」
 竜狩りのときは、そうやって女王は狩りを行っていた。竜は上下に揺れながら動くが、女王はうまくやったもので、矢は獲物に突き刺さっていた。
 一度見学したときのことを思い出しながら宰相は口にした。
 しかしデュ=コロワは首を横に振る。
「それでは本当の竜の力を使わない。竜の最も重要視される特性は、人を食うことにある」
 宰相は固まった。
「それは……もしや……」
 窓から小鳥の鳴き声が聞こえた。軽やかな音である。
「竜の介在する戦争は、最も悲惨で、最もむごい。まさに最終兵器と呼ばれるにふさわしい。竜騎士団には毎年たくさんの若者が入団を希望して来るが、何人が残ると思う? そのむごたらしさを目の前で見て戦い続けるほどの精神的に強靱な人間は、なかなかいない」
 淡々とした口調で告げるデュ=コロワに、宰相は驚きの目を向ける。
 乾いた口を開き、宰相は絞り出すように訊いた。
「……女王陛下は……?」
「さあどうだろう。女王であらせられるのだから、前線になど出ないだろう」
 宰相はほっとして胸をなで下ろした。
「しかし、好戦的な方であるし、もしかしたら自ら竜に乗って戦場を走り回る可能性もある。女王陛下の判断次第だ」
 宰相は再び顔がこわばった。
 やはり、何としても止めておけば……。
「後悔している場合ではないぞ、宰相。戦場にいずとも、我らの戦いは始まっている」

 そこが戦場ではないからといって、戦争とは無関係ではない。
 女王に代わって城を預かる身として、宰相は前線への補給を指示しなければならなかったし、他国にも目を向けなければならなかった。


 前線。
 ラビドワ国、カプル国、それに我が国・ブレンハールの隣接するエル・ヴィッカ地方と呼ばれる三角地帯において、戦争は激化した。
 女王率いる国軍本隊とブッフェン率いる精鋭フォートリエ騎士団は、まずは二手に分かれ、女王軍は大軍の力でもってまっすぐ前進し、それを囮にする形でフォートリエ騎士団は山中奇襲を仕掛け、ラビドワ軍の兵力を削り取った。

 土石流のように勢いよく進む女王軍とフォートリエ騎士団は、ラビドワ国の領地に入ったところで再び合流した。

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