翼なき竜
8.誘惑の魔(1) (4/7)
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女王は根負けしたように立ち上がる。
「宰相、私が泊まる部屋を用意してくれ」
「え!?」
宰相は目を白黒させた。
「……陛下、どういうことですかね、そりゃ」
ブッフェンが目を細めて面白くなさそうに問う。
「なに、気まぐれだ。が、ブッフェン。まさか女王たる私と同じ館にいて、見苦しいふるまいを見せないだろうな? 騎士団長として、それくらいの最低限の礼儀を持っているだろうな?」
「…………」
ブッフェンは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
つまり、女王はブッフェンの行動を監視するため、宰相の館に泊まるというのだ。
宰相は一つ屋根の下に女王と泊まると考えると、胸が不必要なほどに高鳴っていた。
――が、一つ屋根の下にいても、宰相は走り回ることになるのだった。
女王陛下のお泊まりとなると、それなりの部屋を用意し、それなりの料理を用意しなければならない。
すでにブッフェンの来訪だけでも予定にないことなのに、女王まで来て、館の使用人達は天手古舞に働いている。
そうやって宰相が女王の泊まる客室の用意の采配を振るっていた同じとき、女王とブッフェンは酒を飲みながら、語り合っていた。
「忍耐力はある男、ですかね」
ブッフェンは麦酒を飲み干す。
「特権階級意識の高い貴族は、調子に乗ったことを平民がすれば、大抵条件反射的に怒って権力を行使にかかる。それを考えれば、いい方だねえ」
女王はそのブッフェンの正面でワインを飲んでいる。
「お前が人を誉めるのは珍しいな」
「わたしゃ他人の前で当人の悪口は言いませんよ。言うのは当人の前だけ」
そのお陰で喧嘩は何度となくしてきた。が、喧嘩は好きだから構わない。
「わたしなんかに敬語を使うところは立派ですがね……ただし、陛下の側にいるのはいいとは思えない」
空気が張り詰めた。
ブッフェンと女王は向かい合っている。テーブルの上に酒瓶はいくつもあるが、まるでチェスでもして対戦しているような空気だった。
「いいとは思えない、か」
「ええ。なんてったって、顔が悪い」
女王は吹きだして笑い始めた。
「ふふ……じゃあ、宰相より自分の顔がいいって?」
「ん? まあ、わたしゃ自分は世界で一番いい男だと思ってますが」
女王は笑いのつぼをつかれたのか、腹を抱えて笑う。
「じゃあ、今度どちらがいい男かって、王宮の女官たちに決めてもらうか? したいなら構わないぞ?」
たまにはそういう催しも面白い、と言っている女王を、ブッフェンは冷ややかな目で見ていた。
「陛下ぁ、話を逸らす気ですかね?」
「ああ逸らしたい」
「なぜ? 辞めさせれば済む話でしょ。今日宰相に近づいて、より思いましたね。辞めさせるべきだって」
「宰相としての能力に問題はない。辞めさせる理由などない」
「理由って……だからぁ監禁事件の……」
とブッフェンが言いかけたところ、女王は睨み上げた。親の仇でも見るような目である。本気で大剣を抜きかねなかった。そしてブッフェンの首をはねとばしかねなかった。
殺気すら感じる声で、女王は早い調子で、厳しく言う。
「その話は二度とするなと言ったはずだ。宰相に絶対告げるなとも、以前言ったな?」
ブッフェンは難しい顔で頭をがしがしと掻いた。
強くそう言われたのは、数年前だった。同じ場所にデュ=コロワもいた。ブッフェンは大人しくうなずいておいたのだが、デュ=コロワは反発していた。
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