翼なき竜

7.城下の夕(3) (4/5)
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「なんですか、って……お前の父親のサラフから、何度も手紙が来たぞ。息子の結婚相手をこちらで探してやってほしい、金髪の幼い女性を、って」
 宰相は激しいめまいがしてきた。
 心の中で、父がふっくらした顔でにやにやしながら笑っている。
 父の好みがどうだろうと勝手だが、それを息子の嫁に求めるなんて……。しかも女王にまでそれを言って、要求するなんて……。
「お前の口から好みの女性のタイプなんて聞いたことがなかったから、最初の手紙を読んだときは驚いたけれど、サラフは何度も何度も同じ事を念を押すし、次第に納得してな。本当にそういう女性が好きなんだなあ、って」
 女王は苦笑しながら続ける。
「そういえば、私の結婚相手がどうとか、老臣たちと話したことがあったけれど、お前の名前も出てきたことがあったんだぞ。……だけど、お前が強く強く念押しするくらい金髪の幼い女性が好きなら、私なんて、完璧にタイプじゃないだろう」
 と、女王はベールから少しだけ出た自分の栗皮色の髪に触れる。
「金髪でもない、幼くもない。そんなお前が、私の結婚相手がいないなんて理由だけで私と結婚させられたら、お前がかわいそうすぎる」
 『かわいそう』
 それは宰相の中ではまらないピースだった。
 今、それがかちりと合致した。結婚することになったら『かわいそう』だと言われる理由。
 そういうことだったのか。なんだ、そんなことだったのか。
 ほっとして口許がほころんだ。
「何がおかしいんだ?」
 女王が首を傾げた。
「なんだかいろいろ誤解されているようです」
 自分も誤解していたけれど。
「でもとりあえず、信じてもらいたいことが一つあります。私は誰よりも、あなたのことが好きです。媚びへつらいでも、なんでもなく」
 宰相は女王の手を取った。逃げないように。
「私の目を見てください。嘘をついている目だと思いますか?」
 女王は戸惑いながら、宰相の目を見上げてきた。
 透き通る水晶のような、蒼い目。青銀の髪の色と合ったその瞳は、実直に女王を見ていた。
 政治家に見えないような清廉さが、彼からにじみ出ている。
 見上げるうちに女王の戸惑いの表情は消えていき、熱のあるような目となった。いつもは乾いたような深淵の瞳に、艶がある。
 宰相はそっと手を伸ばし、口許を覆っている部分の布を取った。
 そのまま頬に手をすべらせ、竜を撫でる。女王は拒否することはなかったが、少し憂いそうに眼を伏せた。
「……私は、ごく普通の女ではいられない。男から見ればやっかいな女だよ。特に、お前にとって、面倒なところがある」
 それでもいいのか、と訊かれたような気がして、うなずく代わりに、背をかがめて口づけた。
 彼女は強く、強すぎるほどに目をつぶっていた。
 積極的になってはくれなかったけれど、受け入れてくれた。
 恍惚とした思いの渦の中で、宰相は残照に照らされる。女王も同じように。
 橋の影が川に落ちるように、彼らの影もゆるやかな流れの川に落ちたのだった。

   *   *

 人の心はわからないものだ。
 心が読めないのだから、本心は、本当のところはわからない。
 そのとき、唇を交わした女王と、心がつながりあった気がした。
 だけど本当のところは決して彼女のことを理解していなかった。
 ――受け入れるだけで、どれほど内心での葛藤があったのか。

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