翼なき竜

7.城下の夕(3) (3/5)
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 宰相の意識が、風に飛ばされそうになった。
 なぜ、何がどうなって、こんな話になったのか。
「い、いいい意味がわかりません! なんで、どうして!」
「独身の部下がいれば、相手を見つけてやるのもあるじのつとめ。どうやら全然結婚話がないらしいじゃないか。将来を心配しているんだぞ」
「そんなの! そもそも陛下だって独身じゃありませんか」
 女王はぱちぱちと瞬いた。
「そういうことか。お前が結婚しないのは、あるじが結婚しない限り結婚しないという忠義心か。じゃあまず私の結婚話を進める方が先か」
「待ってください! 陛下が誰かと結婚!? なんでそんな話にっ!」
「お前の身を案じているんじゃないか」
「そもそもその前提が間違ってます。私が結婚しないのは……」
 ちろりと女王が見上げる。
「しないのは?」
 女王は問い詰めるように一歩近づく。
「……好きな人がいるからです」
 女王は瞠目した。
「その人に想いを伝えていないから、結婚はまだ先の話です」
 女王は驚きの顔から表情をゆるめる。
「……そうか。どうして伝えないんだ? お前ならどんな相手でも、うなずいてくれるはずだよ」
 女王は宰相の肩に手をやって、軽く叩いた。
 とても優しい声で口添えする。
「自信を持って、な。相手だって、告げられなければわからないことはあるよ」
「…………。陛下なら、私に告白されて、うなずいてくれますか?」
 自分で、卑怯な問い方だな、と思った。
 案の定、女王は少しつまって、肩から手を離した。そのまま押し黙る。
 このままうやむやにすることはできる。適当に受け答えしていれば、この場は終わる。
 だけど、女王が言ったのだ。
『相手だって、告げられなければわからないことはある』と。
 危険な橋を渡ることは好まない。だが、それでも渡らなければならない時というのはある。
 息を吸い込んだ。
「その好きな相手が、陛下だと言ったら、どうします?」
 胸が高鳴っている。
 夕日に小さな雲がかかった。雲は動き、夕日の形を刻々と変えていく。
「……宰相」
 低い声だった。
「そういう媚びへつらいを、何度やめろと言えば、やめてくれるのかな?」
 ぎょっとする。
 女王はうんざりした様子で、眉間にしわを作っていた。
「媚びへつらいって……」
「そりゃあ、私は女王だ。臣下が私の顔をうかがうのはわかる。身に余るような褒め言葉だって、聞いてきた。それが女王だから受けるものだと、私は常に自分を律し、一歩引いてきた。だけどな――」
 女王は眉間に指をやり、ため息をつく。
「だけどな、これは女王という地位と冠に向けられた美辞麗句だとわかっていても、ちょっと心が揺らぐときだってあるんだ。もしかして本気で言ってくれているのかもしれないと思うときだってあるんだ。それが宰相にとって、あるじへの挨拶代わりのような媚びへつらいだとしても」
 悔しそうに女王は顔を右に背けた。そちらには夕日があって、ベールも目許も橙色に染められた。
「時々、つらくなるんだ。まるで仕事とは関係なく、好かれているような気持ちになるときもある。お前の好みが金髪の幼い女性だと、重々承知しているけれど」
 宰相は悲しい思いでそれらを聞いていたけれど、黙って聞き逃せなかった。
「ちょっと待ってください。私の好みが、金髪の、幼い女性? なんですかそれ」
 女王は目をぱちくりさせる。

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