翼なき竜
7.城下の夕(3) (2/5)
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街の中央通りに面した百貨店には、西風の帽子を売る店があった。
内装は貴族の館のようにきらびやかで、センスのよさが光っている。
女王は棚に並べられている帽子を一つ一つ見て歩き、三つほど手に取った。
宰相は椅子に座らせられていたのだが、女王が一つ一つ頭にかぶせ、これがいいかな、あれがいいかな、と楽しんでいる。人形になった気分だ。
「って、これ女物でしょう!」
「ふふ、似合うぞ」
たっぷりとしたレースやリボンが頭にのしかかる。
重い。
頭の上に手をやると、一種の建造物のようにレースやら船やら枝やらが積み重なっていて、手が頂上に届かない。
こんな重いものをかついで女性はすました顔をしているのか、と思うと脱帽である。
女王はうきうきとした様子で、棚に向かう。
「かつらもあるのか。きれいな金髪だ」
巻き毛の金髪のかつらを手に取ると、女王はしばらく考えながら、頭の部分のベールを取り、頭にかぶせた。
「どうだ? 似合うか?」
女王はどこか緊張した声音で尋ねてきた。
宰相はつまった。
女王は黒い目と栗皮色の髪を持つ、東風の女性だ。特に今は黒いベールを身にまとっていることもあって、西風の巻き毛の金髪は違和感がある。
「……陛下は素の髪の色でいいと思いますよ」
そもそも栗皮色の長髪が美しいのだから、かつらなどかぶる必要はないだろう。
だが、女王は呆然とした顔になった。
「そうか……私には、似合わないか……」
彼女はかつらをずるりと取る。栗皮色の髪を手に取って、つぶやくように続ける。
「私は金髪ではないし、幼くもない……そんなの、最初からわかっていたことだけど……どうしようもないじゃないか……」
「陛下?」
女王は唇を噛みしめて、うつむいていた。泣く寸前のような表情をしている。
金髪のかつらを棚に戻し、店から出て行く。宰相に何も言わず、顔も向けずに。
慌てて宰相は立ち上がる。重い帽子にぐらつきながら何とか下ろして、走って店の外まで追った。
女王は人混みの多い道を歩いていた。乱暴に、振り返ることなく。
なんとか走って追いつき、無礼だとわかっていつつも、肩に手をかける。
「陛下っ、急に何ですかっ!」
「うるさい離せ」
「陛下!」
そのとき周囲から奇異の目を感じた。
当然だ。『陛下』なんて叫んでいれば。
陛下だって、まさか、というざわめき。
「……場所を移すぞ」
宰相の腕がぐい、と女王に引かれた。
このままここで話していれば、本当に素性が知られる。それは困る。
二人は街の外れの、川にかかる石造りの橋の上にやってきた。
ゆるやかな流れの大川は夕日に照らされている。一瞬一瞬、光によって水の姿を変える。どっしりとした橋の影が、川に落ちていた。
ここまで来るまでむっつりと黙っていた女王が、言葉を発した。
「わかった」
なにが、と宰相が思うのは当然だろう。
「金髪で幼い女性だな? そこまでこだわりがあるとは思ってなかった。それなりの家のお嬢さんを紹介してやるから、いいだろう?」
「……は?」
「なんだ。他に条件があったのか? できる限りのことは考慮しよう。あるじが部下の結婚相手を探してやるのも仕事のうち、だからな」
「はい!? 何の話ですか!?」
だから、と女王は億劫そうに言う。
「だから、お前の結婚相手を見つけてやる、という話だ」
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