翼なき竜

6.城下の夕(2) (5/5)
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 火がぶつかる、危険だ、と思うのだけれど、不思議と双方共にしっかり捕ることができる。投げるスピードが速くなり、投げ方も斜めに向かったり、またの下からくぐらせたりと、いろいろと変える。危険なすれすれのところを、松明が飛んでいく。
 観客はそのたびに息を止めたり、悲鳴を上げたりする。
 最後に双方背を向け合って投げ、しっかりと受け取ると、うやうやしく観客に頭を下げた。
 拍手の渦が広がる。
 めまぐるしい危険な芸に、宰相と女王も手を叩いた。
 王宮内でも芸人はやってくるきてきらびやかな芸を披露するが、多くの観客に混じって見るというのも、周囲の熱気と不安にあおられ、楽しいものだ。
 お代を入れる籠が回ってきた。
 快く二人は金貨を入れ、再び歩き始めた。
「楽しかっただろう?」
「はい」
「じゃあ次は、西の通りを歩こう。あそこはいろいろ面白い店が並んでいるから」
 女王は西に向かって、細い裏路地のような道に入り始めた。
 ……ここまで街に詳しいことは置いておくとして。
「陛下、どうして私を城下に連れてきたのですか?」
 城下に出てから宰相はずっと気になっていた。
 何かあるのかと思っていたが、先ほどから店を見て回ったり、芸を見たり。
 楽しいけれど、連れ出した意図がよくわからない。
 いつも城下に出ていたようなのはわかったが、今回に限ってなぜ宰相を連れてきたのか。
「……最近、沈んでいただろう」
 裏路地の影の中で、ぽつりと女王は漏らした。
「何か考え込んでいるようだったし……そうでなくてもお前は働き過ぎだったから、心配で……。だから息抜きさせるつもりで、一緒に城下に出よう、と言ったんだ」
 宰相がここ最近考え込んでいたのは、かわいそう、と言われたことが原因だった。沈んでいたのを気づかれていたとは知らなかったけれど。
 再び沈み込んだ宰相を、女王は不安げに見上げてくる。
「……でも、私と一緒では息抜きにならない、か。肩の力が抜けないものな。……ごめんな」
「そんなことは」
 否定しても、女王は表情を変えなかった。
 沈んでいた理由、考え込んでいた理由、それを彼女が聞きたいのはわかっている。
 そして宰相も、かわいそうと言われた理由をはっきりと知りたかった。
 思い切って、宰相は口を開いた。
「……陛下が私と結婚するなら『かわいそう』だと言ったのは、」
 なぜなのですか、と続けようとしたが、できなかった。
 二人が話していた裏路地に、柄の悪い男達が近寄ってきたからだ。
「兄ちゃん、さっき重そうな袋から金貨を取り出していたよな」
 彼らはおのおのナイフを手にしている。腕ずくで金を奪おうというわけか。
 貴族のたしなみとして宰相は剣の稽古はしている。騎士ではない宰相の目から見ても、彼らのナイフの持ち方や体は、程度の知れたものだ。
 こんなときに、と宰相は苛立った。
 だがさらに苛立って怒気あふれた人物がいた。
 女王は躊躇なくベールの下にある大剣を抜く。
「よくも、こんなときに現れてくれたものだ。褒美にフォートリエ騎士団に所属していた私の腕をたっぷりと見せてやる」
 凄みの利かされた声に、彼らが一瞬立ち止まった。
 女王は大剣を構えると駆け出して、彼らに神速の剣で襲いかかった。
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