翼なき竜

6.城下の夕(2) (4/5)
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「これくらい構いませんよ。人形一つです。家を買えと言われているわけではないんですから――あ、べ、別に家が欲しいと言われても、大丈夫ですから、貯金はありますし」
「何を言っているんだ。家なんてほしがってないよ」
 二人が話していると、店主はぷっと吹き出した。
「いちゃつくのは構わないけどね、他にお客さん待ってるから、店前は開けてくれないかい?」
 女王は何かを言おうと口を開いたが、後ろに客が並んでいた。ので、口を閉ざして二人は店の前を離れる。
 そのときの女王の顔は、どこか暗いものだった。人形を見ながら何かを考え込んでいる。
「陛下?」
「あ、ありがとうな。本当に、嬉しい」
 きゅっと人形を抱きしめながら言われて、宰相は心が満たされた気持ちになった。
 宰相はじっと彼女の姿を見る。瞳以外黒いベールに隠された姿。
 少し懐かしくなって、宰相は微笑む。微笑みは口に出した笑い声に変わった。
「? なんだ? ……何か私の格好が変か?」
 女王はまとった黒いベールに目をやる。
「違いますよ。ちょっと、思い出し笑いです。……陛下に初めてお会いしたときのことを。あのときは紅色のベールでしたが、今と同じように口許も全部隠しておられたな、と」
 女王は視線を逸らしてばつが悪そうな顔をした。
「……あのときのことは悪かった、と何度も言っているじゃないか。財務顧問時代のときのことも」
「いえ、そういうことではなくて、あの頃と変わらず、陛下は美しいな、と」
 呑気な宰相の言い分に、女王は呆れてぽかんとした。
「……そんな媚びを売らなくてもいいんだぞ」
「媚びじゃありませんって」
「……なんでそんな風に笑えるんだ? あのときのことは、私を恨みこそすれ笑えるものじゃないだろう」
 確かに、財務顧問時代は最悪の環境であった。辞めさせるため、嫌がらせも多かった。一時期本気で東に帰ろうかと思ったくらいだ。
 だが、女王は、ちゃんと見てくれていた。
 人間、初印象は大事だ。その後に大きく左右する。
 その点で言えば、女王と宰相の初対面は最悪なものだった。
 しかしイーサーを初印象で暴漢だと思った女王は、それでも財務顧問の仕事ぶりを適正に見てくれて、宰相にまで取り立ててくれた。
 冷遇が解消されたのは、その女王の態度のおかげだ。
 もう全て、宰相は笑って話せることになった。
「陛下のおかげです」
 宰相の答えに、女王は首をかしげる。
 そのとき、市場の奥で歓声が上がった。
 なんだろう、と二人は顔を見合わせ、向かうのだった。

 市場の奥に行くと、円形の広い場所があった。街の小さな広場である。
 国が主催するようなおおがかりな催し物はないが、市場の商人主催の催し物は大抵ここでやるのだ。
 本日は大道芸人が芸を見せていた。円環状に観客が見守っている。お代を入れるためのバスケットがその観客の間で回っており、小銭がたくさん入っていた。
 宰相と女王は後ろから芸を眺めることにした。
 大道芸人は筋肉のついた大柄な男二人である。体格も背も似通っている。
 彼らは松明を二本ずつ持っていた。火が激しく松明の先で燃え上がっている。
 二人は合図をかわすと、松明を相手に向かってアーチ状に投げ始めた。

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