翼なき竜

7.城下の夕(3) (1/5)
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 裏路地では土煙が舞い上がっていた。
 土煙の外には羽根のついた帽子が落ちている。煙の中からぬっと出た白い手がそれを拾い上げた。
 砂煙は沈静化していく。舞い上がったものは、再び地に伏そうとしていた。同時に結末をあらわにするのだった。
 そこには倒れている男達。
 羽根の帽子を拾い上げた女王は、彼らを縛り上げている宰相の頭にそれをかぶせた。宰相の背が高すぎるもので、つま先立ちになって。
「陛下、ご無事ですか」
「さっきの見てただろう? むしろこっちが手加減してやったんだ。こいつら、ろくに怪我もないはずだ」
 女王は剣を鞘に収めていた。
 倒れている男達に切り傷はない。女王が大剣を使ったのは、ナイフを落とすためだけである。彼らはみぞおちに一発くらったり首の後ろを殴られたりして失神している。
「兵を呼んで逮捕させるのも面倒だ。このまま転がせておこう」
「そうですね」
 女王、宰相だとわかった上で狙ってきたわけではないようだ。そうだとわかって狙ってきたなら、こんな弱い人間を寄越さない。
 女王の顔は淡々とし、静かに気絶している彼らを見下ろしている。
 その戦いぶりを振り返るなら、子供と大人の喧嘩を見ているようだった。子供が必死に立ち向かうのに対し、大人は笑いながら全てを受け流す。
 騎士団を退団したのは、確か即位するしばらく前。今は即位してから六年。それだけのブランクがあるにもかかわらず、女王の腕はそれほどなまっていないのか、それとも最盛期はそれ以上に強かったのか。
 そもそもフォートリエ騎士団は国一番の騎士団であるから、強いのは当たり前だけれど。
 宰相は何か引っかかるような気がした。
 そう、女王は強い。王女時代から強かった。
 思いもかけないハプニングで暴漢に襲われても、混乱せず即座にたたきのめすだけの冷静さと強さと荒っぽさがある。
 しかし……宰相が女王と初めて出会ったとき、彼を暴漢だと誤解した女王は、ただ後ずさり叫ぶだけだった。
 確か、そのときも大剣を持っていたはずなのに。抜くどころか戦おうというそぶりすら見せなかった。まるでおびえる普通の女のように。
 今転がっている彼らと当時の誤解された宰相では、女王にとって同じようなものだった、はず。
 それなのにどうしてあれほどおびえていたのだろう。
 と、首を傾げつつ、宰相は頭の中からその疑問を振りはらった。そのときの気分や身体の調子が大きく左右していたのかもしれない。それに昔のことだ。
「あっ」
 女王は声を上げた。
 そして彼女は腕を伸ばし、宰相の頭に手をやった。
「帽子、切れてる」
 宰相が帽子を取ると、つばの部分が少し切れていた。
 女王と金狙いの彼らとの戦いに手を出したとき、ナイフで切られたのだろう。これではもうかぶれない。
 女王は切れ目をなぞる。
「手出しするからだ」
「すいません」
「謝ることじゃない。宰相が手出しをしたくなるほど、私の腕が未熟だっただけだ」
 未熟で危なっかしいから手出しをした、というわけではないのだが。ただそこに突っ立っているだけではいれなくて、助太刀のような気持ちで。
 女王は、よし、と言った。
「私の責任でもある。代わりの帽子を買わせてもらおう」
「え? 帽子くらい自分で買えますよ。それに家には他にいくつもありますし」
「なに、おわびだ。それとも私に選ばれた帽子は嫌か?」
 ぶんぶんと宰相は首を振った。



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