翼なき竜
6.城下の夕(2) (3/5)
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『陛下! ご無事ですか!』
近衛隊のみなみなは、彼女の無事を確認する。このときようやく、目の前にいた美しい女性の正体を知り、イーサーは青ざめた。
まさか、この方は……。
女性の頬には、よく見ると右に竜のあざがあった。『泰平を築く覇者』の印たる竜のあざが女王の頬にあるということは、国中で有名だ。なぜだか片翼だが、確かに竜のものだった。
『……急に近づいてきてベールをつかんで取り、手首を握ってきたんだ』
彼女は――いや女王は、震える声で近衛隊に語った。
近衛隊が向ける、許しがたい存在を見る目。
イーサーは暴漢だと誤解されたことを感じ取った。
『ち、違うんです! 私は……』
『その手にあるベールは、陛下のものではないか!』
『引っかかっていたようでしたから取ろうとしただけで……!』
言いつつ、イーサー自身もこんな釈明を聞き入れられるとは思えなかった。
何せ相手は女王陛下なのだ。
彼女の至近距離まで来て、ベールに触れ、あまつさえ許可なく手首を取った。
おまけに女王自身が誤解をしている。
『違うんです! 陛下だとは本当に知らなくて――』
――予想通り、弁明は受け入れられなかった。
イーサーは拘束され、騎士団に捕まった。
だがイーサーはこのまま監獄送りになるのを待ってはいなかった。
何度も何度も弁解をした。そして東の領主・サラフの次男という確かな身元と、財務顧問として呼ばれたことを説明をしてからようやく、イーサーは解放された。
女王がその弁明を聞きつけ、許しを与えてくださったのだと、釈放されるときに聞いた。最初の求め通り、財務顧問として働くようにとの命令と共に。
イーサーは女王陛下の許しに深く感謝して、一心に働くことを決意したのだった。
……と、これで全てが済めば、まだひとつのハプニングで済んだのだが、そうはいかなかった。……世の中は甘くない。
財務顧問となったイーサーは、王宮内で、これでもかというほどに冷遇された。
王国は絶対的君主が頂点に立つ。
その女王にあだをなす存在というのは、国にとっても敵。
女王の好きなものを褒め称えることと、女王の嫌いなものをけなすことは、王宮内の臣下にとっては女王に媚びを売るという点で似たようなものだった。本気で女王に忠誠を誓う臣下にとっても、女王に害をなす存在というのは、暖かく受け入れるはずがない。
女王の許しを得たけれど、イーサーは王宮内で容疑が晴れていなかった。
厳しく冷たくなめ回すような目に囲まれながら、イーサーは財務顧問として、ひとり、役目をまっとうしなければならなかった。
* *
市場には店があふれていた。
女王は宰相の手を引き、店にあるものを指さす。
「あの人形、かわいいな」
手のひらに乗るような小さな人形が並べてあった。素朴な三つ編みの女の子の人形は、目がくりくりとして愛らしい。
「こういうのいいな、ほのぼのして」
女王は母性の塊のような顔で、人形の頭をうりうりと撫でる。
宰相はマントの下から、金貨の入った袋を取り出し、一枚出した。
まいど、と言って人形を渡す店主。
女王は慌てた。
「代金くらい自分で払うさ」
「いいんですよ、これくらい」
「だけど……本当にいいのか?」
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