翼なき竜

6.城下の夕(2) (2/5)
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 窓からはやわらかに風が吹く。はためくレースのカーテンを払いのけたら、そこには小径があり、木々が道を挟んでいる。ぽつりぽつりと銅像や珍しい木が芝生にあって、見て回るのは面白そうだ。はなやかな光景ではないが、どこか落ち着く。
 その木の一つに、紅色の何かが見えた。
 枝に引っかかっている。布らしい。カーテンのようだと思った。
 だが違った。人が立っていて、その人のベールが枝に引っかかっていたのだ。
 栗皮色の髪がベールからこぼれている。横顔しか見えないが、女性だ。
 東の出身だから、ベールをまとった女性は多く見てきたが、紅色のなんて初めてだ。
 枝に引っかかっているそれを取ろうとしているが、苦心しているようだ。
 その女性は秀美しゅうびだった。
 端正で凛々しい顔立ち。頬から下は布で覆われているが、形はわかる。その整い方は、芸術家が美を結集して作った絵画や彫像の中の神話の女神のようだと、息を呑む。
 その女性は顔を上げ、引っかかったベールを取ろうとぴょんぴょん飛び跳ねる。黒鉛の瞳はけぶるような睫毛の下で、一心に枝を見上げている。
 思わず窓に足をかけ、外に出た。
 イーサーは部屋の中で待つように言われたことも、一時忘れていた。
 紅色のベールをまとった女性の元へ足を進める。
 そして女性の後ろに立つと、長身を生かして引っかかったベールに手をかけ、枝から外した。
『はい』
 その女性は振り返る。
 オリーブの木の下にいる女性は、身近で見ても美しかった。強い瞳が印象的で。
 ひらりと葉が落ちる中。
 神話の女神のような彼女の麗姿と相まって、その場が幻想的に感じられた。その空気に呑まれ、何も声を発することができない。
 だけどすぐに彼女の表情がゆがんだ。
『なにを……なにをする!』
『え?』
 彼女は一歩下がる。
 ベールの端は彼が手に持っていたので、彼女の体からベールが取れた。両腕にある金環も、腹部の肌もさらけ出された。ベールが取れた拍子に顔を隠していた布も取れ、赤い唇が露わになった。
 東では女性がベールを脱ぐのは家の中だけだ。こんな外でベールを取らせるべきではない。
『ベールが引っかかっていたようでしたから……』
 慌てて一歩前に出て、ベールを差し出すように近づいた。
 ますます彼女の顔がゆがむ。
『やめろ、近づくな……!』
『は? あの、ですから、ベールを……』
 埒があかないと思って、強引ではあったが、ベールを押しつけようとした。彼女の手をつかんで、その手の中に。
 手をつかんだ瞬間だった。
 彼女は思いきり目を見開き、息を吸い込む。
『なにをするつもりだ! 離せ、離せ! やめろ! 来るな!』
 その声はもはや、叫びだった。何かから逃げようとする声、逃れようとする声。拒絶、拒否。
 わけがわからなくて、手を離すこともできなかった。
 何か誤解されているような気がして、弁解の言葉を発しようとしたとき。それよりも早く、彼女の叫びに反応した集団がいた。
『陛下! 何があったのですか!?』
『お前誰だ! 見かけない顔だな!』
 緑の羽根の兜を持った騎士たち。――近衛隊の騎士達だった。
 周囲に集う彼らに慌てる。彼らは全員、イーサーを敵意をもって睨み、剣に手をかけてさえいたのだから。
『ちょっ、あのっ』
 そのとき、目の前にいた彼女は手を振りはらい、近衛隊の元へ走った。

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