翼なき竜

5.城下の夕(1) (5/6)
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「なるほど。吊り橋から落ちないよう、静かにしていましょう」
 そう答えると、デュ=コロワはほっとしたように顔の筋肉をゆるめ、うなずいた。
 戴冠の絵を通り過ぎ、再び絵画の鑑賞が始まった。
 女王即位後のものは、きらびやかな絵が多い。王の権威を示すため、王の立派さを表すため、王に尊崇を集めるため。
 だが。
 最後の絵を見たとき、デュ=コロワは吹き出した。
「面白い絵だ。よくこんなところで飾るのを許したな」
「ええ、まあ……陛下がどうしても、と」
 宰相は苦笑いしながら、曖昧に口を濁す。
 二人の目の前にあるのは、他の絵と違って、暗い絵だった。きらびやかな装飾品は一切ない、女王の姿。
 タイトルは『暗黒の魔物』。
 瞳はたくらんでいるように暗く、口許も笑みを浮かべているものの嘲笑しているような形。少し顎を上げて見ている様は、見下す傲慢さを感じる。
 背景は黒々とし、顔も影が濃く差し込んでいる。明るさはほとんどない。
 傲慢そうでありながら、麗しい装飾品が一つもなく、ぼろいベールをまとって一人で立つ様子は、矮小な人間が偉ぶっているようなものだ。
 ――これらの評価は、描かれた女王自身の感想だ。
 画家は高名な人間だったが、さまざまな制限をする王国、女王というものに敵意を抱いている人間でもあった。
 できあがった絵を見て王宮は騒動になった。宰相も顔を青ざめて、画家の処分を考えていた。絵をすぐさま燃やそうとしたところで、女王は笑って許した。
『よく描けているじゃないか。このいやらしい表情といい、頼りなさそうに一人で立っている姿といい。良い仕事をしたと言って、画家に褒美をたんまり取らせてやれ』
 と。
 この『王の間』で、女王の一番のお気に入りだ。
 宰相はがっくりうなだれる。
「陛下の美しさを表した絵はいくらでもあるのに、どうしてこんな……」
「この絵が悪いのか?」
 後ろから声がした。気づかず、デュ=コロワだと思って答える。
「そりゃあそうですよ。こんな意地の悪そうな顔……」
「悪かったな、それは絵のせいではなく元からだ」
 少し低い女の声。
 これはまさか、と振り向くと、黒いベールに包まれた女性が、侍女を連れて立っていた。
 女王ではなかったか、とほっとしたのは一瞬。
 すぐにやはりそれは女王だと気づいた。
 いつもの派手目なベールではなく、地味な黒いベールで全てを覆い隠している。目許だけしか見えないので、頬の竜も見えない。
「元々私はこういう顔だ。逆に他のきらびやかに描いた絵を見ると、なんだかむずがゆくなる」
 女王はつんとして、他の絵にも目を向ける。向けたと同時に、苦虫を噛んでしまったかのような顔をする。
 そんなことはありませんよ、と本気で否定したが、女王は冗談を聞くように、本気とは受け取らなかった。
「――ところで陛下、なぜここへ、そんな地味な姿で?」
 デュ=コロワがいぶかしげに尋ねる。
 そういえば、いつも連れるはずの、緑の羽根の兜をかぶった近衛兵たちもいない。
 まさか――
「また近衛兵たちを撒いて、逃げてきたんですか!?」
 宰相が叫ぶように追求すると、女王は微妙な顔で笑い、ためらいながらうなずいた。
「……怒ったか?」
「…………。呆れて何も言えません」
「いつものことだ。気にするな」
 そんな慰め方をされたいのではない。
「今日は、宰相と一緒に行きたいところがあってな。お忍びで」

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