翼なき竜

5.城下の夕(1) (3/6)
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 本当に、竜が好きな人なのだな。
 宰相は彼のことを再認識した。
 ふとデュ=コロワは竜の彫像を見るのをやめ、後ろにいた宰相に、ばつが悪そうにして振り向いた。
「すまない。竜に関するものを見ると、止まらなくて」
 いいえ、と言うように軽く宰相は首を振った。
「では、陛下の肖像画を順に御覧いただきましょうか」
 ようやく、この部屋の目玉である女王の肖像画を見て回ることになった。
 絵は適当に並べられているものではない。誕生から現在までを、時系列順に並べている。
 最初は六歳頃のかわいらしい姿。引退した先王と共に立っている。女王は幼いとはいえ、どことなく現在の面影はある。大きな目が愛らしい。
 ただ、この頃の女王の――当時は王女であった女王の頬には、両翼のある竜が肌の上にいる。
 次のものも、騎士団に入団した頃のものも。
 デュ=コロワはその鎧を身にまとう女王の絵の前で立ち止まっていた。王女であった女王は、兜を脱いでそれを腰のあたりに抱えるように持っている。現在でも帯びている大剣は、このときの絵の彼女も、腰にぶら下げている。
 しみじみとデュ=コロワは口にした。
「この鎧姿の女王は、本当に懐かしい」
「知っているのですか?」
「ああ。陛下が騎士団にいたとき、親しくしてもらっていた」
 デュ=コロワが古くからの女王の忠臣だとは知っている。
 しかし、女王が入団した騎士団と、デュ=コロワのいる竜騎士団は違う騎士団だ。接点などないはずだが。
「竜について研究しているわたしは、陛下が『泰平を築く覇者』として、竜に同族と認められていることを知った。研究をすすめるためにも、陛下のいたフォートリエ騎士団へおもむき、よく話をしたものだった」
 研究、というと、もはや竜好きというレベルを越えている。彼は竜の専門家というわけか。
 デュ=コロワは細い目を更に細めて、苦笑した。
「と言っても、なぜ陛下が同族として認められているか、具体的なその原因はわからなかった。だから、わたしがフォートリエ騎士団に行って話すことはといえば、互いの飼っている竜の話ばかりだった。たまにブッフェンが口を挟んでな」
「ブッフェン……確か、現在のフォートリエ騎士団の団長だという?」
 宰相はちらりと顔を見たことがあるくらいで、話したことはない。あまり城まで来ることがない人だからだ。女王の昔なじみだとは聞いている。
 彼は夏に、御前試合へ参加しにやって来る。
「ブッフェン様とはどのような方なのでしょうか?」
 彼も昔なじみだというなら、知っているだろう。そう思って宰相が気になった疑問を訊いてみると、とたんにデュ=コロワは難しい顔をして、眉根を寄せた。
「……剣は強い男だ。性格は……なんとも言えん。精神的安定を求めるなら、会わないことを勧める」
「は。そ、それはどういう意味で……」
「話せばわかる」
 会わないことを勧められながら、話せばわかると言われる。
 なんだそれはと、興味がわいた。が、少し怖いような気もした。
 詳しく説明せずデュ=コロワが歩き出したので、宰相も先に進む。
 女王は絵の中で成長していく。
 そしてついに、戴冠した女王の絵が圧倒感をもって、見る者の前に迫った。
 王冠、錫杖、マント、首飾り、髪飾り、勲章。ごてごてしく飾り付けられた女王の輝ける瞬間。

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