翼なき竜

5.城下の夕(1) (2/6)
戻る / 目次 / 進む
「……きっとラシードは、お前に負い目を感じているんだ。ラシードは小さいときから病気で、領地を継ぐのは次男のお前、みたいな雰囲気があっただろう? それが病気が治ってラシードが継ぐことになると、東にお前の居場所がなくなって、ラシードは申し訳がないと言っていた。病気だった間に赤字だったうちの領地の財政を立て直したのはお前だし、なんだかいろいろ悩んでいるようだ」
 宰相は複雑な兄の心中を思い浮かべた。
 それは理解できるものであるが、身近な人間としては、困ってしまう。
「もう済んだ話ではありませんか。兄さんは領地を継ぐことが決まって、私はこうして宰相をやっていて、万々歳です。兄さんに、負い目なんて感じないでくださいと伝えてください。孫がほしいというなら、順当に兄さんの方に圧力をかけてください」
 宰相はヨーグルトをゆっくりと食べ終わった。
「……うむ、実のところ、お前から直接そう言ってもらうために来たようなものでな。すまんな。……だが、ラシードを気にせず、かわいい若い嫁を連れてくるなら構わんからな。儂の希望としては、金髪のちょっと幼いような女性がいいんだが」
「父さん好みの女性と私が結婚してどうするんです」
 まったくもう、と宰相は苦笑した。
「まあな、しかし儂は信じられんよ。ありがたくも宰相なんて地位について、どうして結婚話がないんだ? 普通、若くて独身の男が宰相なんて地位についたら、誰だって娘を嫁にやろうとするだろう? ……お前、こっちで何をしたんだ?」
 サラフは本当に不思議そうに首をかしげている。
 答えようもなく、宰相は押し黙った。
 女王陛下一直線な宰相は、周囲にもそれがいつの間にか知られていた。相手が相手ならまだ話はあっただろうが、それは誰もが一歩後ろに下がらざるを得ない女王陛下。
 宰相と女王の関係を量りかねた貴族の人々は、慎重にも、少しでも女王の機嫌を損ねる可能性のあることはしなかったのだった。
 ので、若い・地位高いと好条件の揃った宰相でありながら、驚くほどもてない状況である。
 結婚話がわんさかやってくるようなのもうんざりするだろうが、きれいさっぱりない状況というのも、宰相はちょっとさびしい。
 女王陛下が振り向いてくれれば、そんなさびしさなんて吹っ飛ぶと思うのだけれど。
 かわいそう、と言われた心が暗くなった。


 城を案内するコースは多彩なものがある。それだけ見て回るものが多いためだが、定番の外せない場所というのがある。
 それが、『王の間』だった。
 コツン、コツンと宰相の靴の音が響く。デュ=コロワの竜の鱗で作られた鎧がぶつかり合う音も響く。
 東西南北四方に女王の絵が飾られている。
 中央部には、神獣たる竜の彫像があった。天井に届かんばかりの大きさだ。両の翼を広げ、威嚇している。
 デュ=コロワはしばらくじっくりとその彫像を見ていた。正面から見上げ、右から、左から、後ろから。細かな彫刻を食い入るように見ている。
 宰相は目を丸くした。何人かをここに案内したことがあるが、竜の彫像にここまで関心を向ける人はいなかった。大体、即座に周囲の女王の肖像画を見て回るものである。
「……すばらしい彫像だ。本物の竜と寸分違わない。これを作った人物は、本当に竜を知っている。この爪の形も、翼も、まったくそのままだ。普通の竜の彫像は、よく翼の形を間違えているのが多いが……」
 デュ=コロワの細い目の中にある眼が、生き生きと光る。

戻る / 目次 / 進む

stone rio mobile

HTML Dwarf mobile