翼なき竜

4.有翼の君(3) (6/7)
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「……つまり、陛下には恋人がおられないわけですな?」
 さっきの竜の話か、と合点がいく。そういえばまだ老臣達にことの顛末を話していなかった。どうやら彼らは女王に直談判して聞き出したらしい。
「どこでどうしてそんな話になったか知らないが、迷惑なものだ」
「それだけ陛下の結婚相手や恋人というものに過敏になっておるわけでして。一度、陛下に聞いておきたかったのですがな、陛下はご自分の結婚について、どう考えておられますかな?」
「どうって……そうだな。いずれはしなければならないとはわかっているさ。ただ、今は相手もいないわけだしな」
「相手ならいくらでも儂らが見つけると申し上げているでしょう。どうなんです。顔はどんなのが好みです? 体つきは? 趣味が合うような男がよろしいですかな? 背の高さは? さあどんどん言ってください!」
「…………悪かった」
 老臣達の迫力に負けるように、力なく女王は謝った。
「正直に言うと、する気がないんだ。他国の王子だかなんだかを、我が国が優位だからって人質同然に夫にするというのもなあ」
「なら我が国の王族の方々は?」
「ううん……」
 女王は乗り気ではないようだ。宰相はほっとした。
「……陛下、まさか、よもやとは思いますが、宰相を相手に考えてはいないでしょうな?」
 宰相は驚いて声を上げそうになった。
 しかし候補に上がるにしても、『よもや』と言われるなんて。
「なんだ、自分で言っておいて、否定する気満々な言い方だな」
「当然です。宰相は臣下としての高みに登り詰めた方とはいえ、家柄を考えれば、東の領主の次男。王家の血筋が入っていない貴族です。女王の隣にいるべき者としては少々……」
 語尾は消えていったが、言いたいことは伝わっている。
「……私の相手は、自国にしても他国にしても王族限定なわけか」
「当然でしょう。女王陛下の隣に位置するお方には、それなりの釣り合う家柄――つまり、王族の方でないと」
 そうですよね、当然です、と他の老臣達が肯定の言葉を重ねる。それはなれ合いじみた風にも聞こえた。
「――勝手に価値観を押しつけないでほしいが」
 女王は冷ややかな口調である。
 部屋の外にいる宰相にも伝わる。一瞬で、部屋の中の空気が冷えた。
「王族だからって立派な人間に生まれるわけではないだろう。逆もまたしかり。家柄が劣っていようと、王の隣に立つにふさわしい人間はいるさ」
 老臣達が狼狽し始めた。
「ま、まさか、本気で宰相を……!?」
 青ざめているであろう老臣達と違い、まさか、と胸が高鳴るのは宰相だ。
 女王は脱力して、困ったように苦笑する。
「だからどうしてそうなるのか……私が、宰相を夫に迎えたいなんて、一言でも言ったか?」
 女王は少し黙って、静かに言葉を続ける。
「家柄がどうとかなんて考えていない。宰相として立派にやっていると思う。地位も、家柄も、関係ない。ただ……私と結婚してしまえば、あいつがかわいそうだ」
 女王は、もうこの話は終わりだ、と老臣達を執務室から追い出し始めた。
 宰相は部屋から離れ、廊下を曲がったところで、壁に背を預けた。
 『かわいそう』
 宰相の頭の中で、鐘が何度も撞き鳴らされたように、響いている。
 家柄が悪い、地位が足りない、というのならわかる。社会的にもそれは重要視されているからだ。それが原因で、というなら宰相はできる限りの努力をする。

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