翼なき竜

4.有翼の君(3) (5/7)
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 西の情報、となると、小競り合いでも起こったか、と宰相は構えた。
「隣接するカプル国とラビドワ国の間で、戦争が起こりそうです」
 カプル国もラビドワ国も、どちらともが隣接する小国である。仲が悪い国同士だ。
「ことの起こりは何だ」
「特になかったと。どうやら、ラビドワ国が一方的にカプル国に攻め入ったようです。突然のことに、カプル国は大打撃を受けました」
「……だが、まだカプル国は倒れてはいないんだな?」
「はい」
 女王は考えるように、顎に手をやった。
「おそらくカプル国はすぐさま我が国へ、女王陛下へ、助けを求めるでしょう。いや、使者がここへ走っている頃でしょうか」
 つながりある小国が軍事的にも強大な大国へ援助を求めるのは当然だ。特にせっぱ詰まれば。
「……見捨てることは、できないな」
 条約も結び、毎年貢ぎ物を律儀に運んでくる小国を無視すれば、同様の条件の他国との関係も悪くなる。
 ただ、条約を結んでいるのも貢ぎ物を運んでいるのも、両国なのだ。
 攻められたカプル国使者を送るように、ラビドワ国も戦争が正当だという理由をひねくりだして、この大国を味方につけようとするだろう。
 善悪は置いておいて、その意味では二国は対等。
 老臣の一人が言った。
「方法は今のところ二つありますな。一つは、二国の休戦の調停役をする。カプル国にもラビドワ国にも中立的な対応じゃ」
 宰相はそのあたりが一番いいと考える。ラビドワ国のやり方は顔をしかめてしまうものであるが、むやみに戦争に介入すべきではない。
「もう一つは、どう考えてもラビドワ国が悪いわけであるからして、カプル国側へつき、共同戦線を張り、戦争。ラビドワ国程度なら我が国の軍事力をもてば、負けることはないじゃろう」
 宰相は、反対だ。戦争は金がかかる。富める大国とはいえ、財政を引き締めたい宰相にとっては、これは真逆を行く。それに簡単に戦争するというのも、周囲の国家に恐怖心を植え付けるだろう。
 かたかたと、音がした。
 隣の執務机から。女王の手が乗っている。その手が、震えているのだ。
 寒いのか、何かが怖いのか。そう思って驚きながら女王の顔まで視線を上げると、そこにはまったくの無表情の女王の顔があった。
 虚無の色の瞳は、どこも見ていない。
 右の頬にある竜の印の赤みが強くなって、翼の部分が肌に溶けてきている気がする。
「……陛下、大丈夫ですか?」
 不安になって、少し大きな声で呼びかけた。
 まるで夢から目覚めたように、女王はびくりと肩を震わせた。
「あ、ああ……何でもない」
 女王はさっと右頬に手をやり、あざを隠す。
「現時点での情報を聞いた限りでは、私の意見は、中立の立場に立って、休戦の調停役を買って出ることだ。とにかく、二国の情報を調べさせろ」
 女王はいつものとおりの凛々しさで、宰相に命じた。
 宰相はうなずき、デュ=コロワと共に部屋を出る。
「陛下、別の話があるのですが、よろしいですかな?」
 と老臣が女王に言っていて、少し気になりながら、宰相は扉を閉めた。


「あ、しまった」
 宰相は王城の廊下を少し歩いて気づいた。書類を女王の執務室に置いてきたのだ。それほど遠く離れたわけではないので、戻って取ってこようと思った。
 隣を歩いていたデュ=コロワに説明して、一人女王の執務室に戻った。
 扉を叩こうとしたとき、部屋から老臣の声が聞こえた。

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